⑤ 積年の恨み…なんて言われましても!
クイックステップはその名の通り、派手なアクションを足早ステップで魅せるダイナミックなダンスです。
軽快で勢いにあふれ、笑顔を振りまきホール中を一体化させるエンターテイメントですが、ダンサーの肉体疲労度も群を抜く殺人ダンスなのです。
いえ、私、これぐらいなんともないですわ。だって幼少期からダンスパーティーのたびに、ずーっとフロアに出ずっぱりでしたもの!!
──「アンジェリカ、僕と踊ろう!」
「次は僕だ!」
「私と踊ってくれるかアンジェリカ」「いいや私とだ!!」
「あの、みなさま。順番をお待ちになって?」──
ひっきりなしに誘われて、フロア外で休憩させてもらえませんでしたのよ……。どなたも気付きませんもので。
彼らは私をパートナーにするのに必死なのだ、と分かっていましたので、少しくらい疲れていても……と作り笑顔で頑張りましたわ。誰かの誘いを受け、誰かを断るというのも軋轢が生まれますし、とにかく連続で踊り続けた私はちょっとやそっとではへこたれない、幼いながらもなかなか逞しいダンサーでありましたのよ。
「ハーフシャッセでフロア中央を突っ切るよ」
「はいっ」
私たちのために空けられたフロア。ここで自由に駆けまわれます。
「わぁっ……」
思わず声がこぼれてしまいました。だって気持ちいい。貴族の娘たるもの、普段、走るなんてことは御法度ですから。
スポーツももう長らくやっていませんでしたし、こういったお転婆は久しぶりです。まったく爽快ですわ!!
そういえばお母様がよくおっしゃっていたわ。体力は常に蓄えておきなさいと。
体力、ね。……私はお姉様ほど学問に対して興味も根気もなく、効率が出なかったので。
いつも私にこう話していました。人が最後に頼れるものは体力だと。しかし“それは必ず隠しておきなさい”とも。
レディは慎ましく、かよわくあるもの。重いものは持てないふりをすること、しかし自身で立てる力は常に保っておく。
私、今、自分で立っているわ。でもその上で、彼に追随する淑やかな令嬢を完璧に演じてみせます。
「ああ、すごく気持ちいいな」
「! ……ええ」
彼は独り言をつぶやいたようです。今私たちは目線が合わないようにホールドを組んでいて、私に相槌を求めたのではない。
でも、私も今、楽しいです。だって、この瞬間の私はきっと、いつもよりずっと綺麗なの。
この人は、へこたれずに付いていきさえすれば、ちゃんと私を認めて、きっと誰よりも綺麗に見せてくれるのだわ。
彼は最後に見せ場を作り、パートナーの華麗さ、たおやかさを存分に誇った表現をするのでした。そして私をくるっと回したので、私はその流れに乗って観客に向かい礼をして。
するとどうでしょう、その場は拍手喝采の嵐。
「みんな君を見ていたよ、なんて美しいんだって」
「…………」
そ、そんなこと、いつもそうでしたわ。
「わ、私は……注目を浴びるのは、慣れています……」
「そうだろうね」
でも。今この時は、“私を”、私の中から溢れる“私の”力を、人々は見てくれていた。
子どもの頃からずっと、分かっていたのです。
ピアノを弾いても、他のどんなパフォーマンスを見せても、みなが私を褒めるのは、緑の瞳がキレイ、肌が白くて瑞々しい、髪もふわりと艶めいている。筋の通った鼻やふくよかで潤んだ唇、そういった部品を眺めては「本当に可愛らしい、麗しいお嬢様ね」と言うのよ。ピアノを弾いた後でもそうなの。私を演奏を聴いていてくれたの? 人に聴かせるために、いつも練習していたのに……。
容姿を褒められて嬉しくないわけではないわ。容姿を利用する気負いも十分にある、子どもの頃からずっと。
でもこれ、私が造ったものではないのです。そう強く感じる時があった。
結局は、ただ“私”の入れ物で、これを造ったのは神……のようなよく分からないもので、“私”の力ではないの。
私だって、勉学、訓練といった、面倒なこととか嫌なこととか、それなりに頑張っていたけれど、でも頑張る必要なんてないわ。私のこの容貌の前で、そんな小さな頑張りなんて、かすんでしまうだけだもの。
そんなふうに感じてしまっていたけれど……。
もう、これからは。
「でもすごいことだよ、君は俺のちょっとした意地悪に付いてこられたんだから」
「これ意地悪でしたの!?」
確かに、時々かなりの歩幅でしたわね。恍惚とさせるリードが聞いて呆れます。
「可愛い子には意地悪したくなるのが少年のサガだよ」
「少年って、あなたもうとっくに大人でしょう!?」
イイ大人が、なに平然とした顔でおっしゃるのよ!
「ほらまだフロアの上だ。退場するまでは笑顔を絶やさないで」
「分かりましたわっ……」
「はぁ……。あっ」
フロアから退場したら一気に足がもつれて、彼に寄りかかってしまいました。
「ああー、ちょっと俺もさ、もう何年も業務が忙しくて、運動不足だったんだよね……」
あら……ジークムント様が、まるで生まれたての小鹿のようなふらつき具合になっております。ふらついた私と支え合って、ぎりぎり立っているような状況です!
「は、早く椅子に腰掛けましょう」
「そ、そうだな……」
ふたりで支え合ってホールの端に置かれたテーブルに向かう、そんな時。
「アァ~ンジェ~リカァ~~!」
不穏な空気と共に、そら恐ろしい声が後ろから掛かりました。振り向いてみると──。
「……パトリス様……」
青筋立てたパトリス嬢が私を睨みつけます。
「アンタって女は……毎度毎度、私の未来の旦那様を横からひょいっと奪っていってからに!」
「は、はぁ!??」
「今度という今度は渡さないわ! ジークムント様と結婚するのは私よ!!」
意味が分かりません!! というか、私も、私が寄りかかっているジークムント様も、今はふらふらで対応できる気がしませんの!
「きゃっ……」
「アンジェリカっ……」
彼女が私に掴みかかろうとした瞬間、私を庇ってジークムント様がバリバリっとひっかかれましたっ。
よれよれ~~ガックリ……っと膝から倒れこむジークムント様……。おいたわしい。
「アンジェリカぁ~~! 彼の隣で賞賛を浴びるのは私だったはずなのに~~!!」
彼女、何かに憑りつかれてしまっているわ!
「だっ、誰か助けてぇぇ!!」
爪! 爪立てられています!! わ、私の柔肌に!
「子どもの頃からの恨みぃ~~! 晴らさずにおくものか~~!!」
待って待って! ワインの飲みすぎいいいぃ!!




