《追章》その36:姉なのか母なのか
それはオフィールのお腹も大分大きくなってきたある日のこと。
「ほれほれ~」
「キャッキャッ♪」
「へへっ♪ しっかしなんでババアからこんな可愛いやつが生まれたんだろうな」
「黙れ」
トゥルボーさまの娘――〝アトリ〟をあやしながら、「つーかよぉ」と何やらオフィールがもう一つ疑問を口にしたのが始まりだった。
ちなみに俺は二人のやり取りを邪魔しないよう遠巻きに眺めている感じだ。
「こいつにとってあたしは〝姉ちゃん〟になんのか? それとも〝母ちゃん〟?」
「何を言っている。お前が我の娘である以上、〝姉〟以外あるまい」
「でもアトリの父親はイグザ……要はあたしの〝旦那〟だぜ? じゃあ〝母ちゃん〟なんじゃねえのか?」
「ぬっ、確かにお前があの者の伴侶である以上、〝母〟というのもまんざら間違いではないのだろう。だがそうなると我はどうなる? アトリの母であり、お前の母でもあるのだぞ?」
トゥルボーさまにそう言われ、「う~ん」とオフィールが頭を悩ませる。
そして彼女は思いついたように言った。
「よし、めんどくせえからババアはアトリの〝ババア〟ってことにしようぜ」
「殺すぞ、貴様」
ごごごごご、と威圧感を全開にするトゥルボーさまだが、オフィールはまったく気にする素振りを見せず、むしろ楽しそうに笑って言った。
「まあ落ち着けって。ほら、よくあんだろ? 姉ちゃんだと思ってたのが実は母ちゃんだったとかよぉ」
「つまり祖母だと思っていた我が実は母だったと?」
「おう。んで、母ちゃんだと思ってたあたしが実は姉ちゃんだったってわけだ」
「……」
――ぎゅっ~。
「い、いてててててててて!? い、いきなり何しやがんだこのババア!?」
半眼でオフィールの両頬を引っ張りながら、トゥルボーさまは言った。
「お前、実の娘に〝おばあちゃん〟呼ばわりされることになる我の気持ちがわかるか? ええ?」
「わ、わかった!? あたしが悪かったから頬を引っ張るのはやめてくれ!? アトリが落ちちまうだろ!?」
「ふん」
ぱっとオフィールの両頬から手を放しつつ、トゥルボーさまがアトリを悠然と回収する。
「ったく、えれぇ目に遭ったぜ……」
「自業自得だ」
涙目で頬をすりすり擦っているオフィールに、トゥルボーさまがそう半眼を向けていると、
「はっはっはっ! 話は聞かせてもらったぞ!」
「「「!」」」
突如室内に快活な笑い声が響き渡った。
そう、イグニフェルさまである。
おむすびちゃんこと娘のむすびを左の乳房に張りつけながら、いつも通り不遜に仁王立ちしていたのだが……なんであの人は毎回全裸なんだろうか……。
まあポルコさんが来た時とかはちゃんと着てるからいいんだけど……。
「なんだ、騒々しい。何用だ? イグニフェル」
「いや、そなたらの会話をたまたま耳にしてな。我もふと思ったのだ。そこな二人がトゥルボーの娘であるというのであれば、元より一つであった我の娘でもあるのではなかろうかとな」
またややっこしいことを……。
「ほう、ではさっさと貴様の娘を我に寄こせ。今日よりむすびは我が娘だ」
「はっはっはっ、そなたは相変わらず子煩悩よな。まったく、抱きたいのであれば素直にそう申せばよかろうに」
ほれ、とむすびを手渡され、トゥルボーさまが両手に赤子を抱えながらイグニフェルさまに半眼を向ける。
「いや、そういう意味ではないのだが……まあよい。返せと言われても返さんからな」
ぷいっとそっぽを向きつつ、トゥルボーさまが赤子たちに優しい笑みを向ける。
そんな彼女の様子に、やっぱり俺たちの中で一番母親なのはトゥルボーさまなんだろうなぁと微笑ましい気持ちになった俺なのであった。




