《追章》その26:常に最強で在れ
「おう、構え」
「えっ?」
ある日のことだ。
唐突にフルガさまがそんなことを言い出し、俺は思わず鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。
ぽかんと目を丸くする俺の反応がおかしかったのか、フルガさまは「なんだよ、その顔は」と楽しそうに笑って言った。
「別にいいだろ? 夫婦なんだしよ」
「いや、それはもちろん構わないんですけど、いきなりだったので何ごとかと……」
「はは、悪いな。で、どうなんだ? 今は手が空いてるのか?」
「ええ、大丈夫です」
「よし、なら構え。ただしほかのやつらを誘うのはなしだ。わかったな?」
そう不敵に腕を組むフルガさまに、俺は「わかりました」と頷いて言った。
「じゃあせっかくなんで二人でどこかに出かけますか? もしくは食事とか?」
「そうだな。確かにそいつも悪くはねえ。だがせっかくの二人きりだ。もっとほかにやることがあるだろ?」
「もっとほかにやること……」
お出かけや食事……つまりはデート以外に二人でやることとなると……。
「え、えっと、子作り的な……?」
「ば、馬鹿野郎!? そういうことじゃねえよ!?」
真っ赤な顔でそう声を張り上げた後、フルガさまは「ま、まあ別にそれでも構わねえんだけどよ……」と恥ずかしそうに視線を逸らす。
そんな彼女の恥じらう姿を可愛いなぁと思っていると、フルガさまが一つ咳払いをして言った。
「そうじゃなくてオレと一戦交えようぜって話だ。要は〝修行〟だな」
「修行……」
なにゆえ今……、と俺が呆けていると、フルガさまが腰に手をあてて言った。
「確かにお前は強え。名実ともにこの世界で最強の男だろうよ。だがな、それは〝この世界〟での話だ。外界にはお前以上の力を持つやつもいるかもしれねえ」
「外界……」
確か前に《絶界》の説明の時に聞いた、〝汚れ〟が流れ込んでくるという別世界群のことだったか。
なんでもここと似たような世界がほかにも無数に存在しているとか。
「もしかしたら外の世界から誰かが攻めてくるかもしれないと?」
「ああ、その可能性はゼロじゃねえ。前にあの鬼人がスキルとは別に〝異能〟とかいう力を生み出したことがあっただろ? あんな風に外界には別大系の力を持ったやつらが必ずいるはずだ。それこそ〝世界を飛び越える力〟とかな」
「世界を飛び越える力……」
「そうだ。それだけならまだマシな方だ。もしオレたちのスキル自体を封じる、または無効化するやつがいたらどうする? 言ってみれば不死身のお前ですら殺すやつだ」
「それは、厄介ですね……」
もしそんなやつが本当にいるのだとしたら、俺は為す術なく殺されてしまうだろう。
確かに危惧すべき問題だと思う。
「ほかにも色々あるぜ? 時間を止めるだの巻き戻すだの、力を奪うだの一瞬で世界ごと消滅させるだの、〝死ぬ〟概念がねえから殺せねえなんてのもありそうだな。なんならそういう世界の常識みたいなやつを全部書き換えるとかな。まあオレがぱっと思いついただけだから本当にそんな力を持つやつらがいるかどうかはわからねえけどよ」
そう肩を竦めるフルガさまだが、事実エリュシオンはフィーニスさまの力を奪ってるからな。
可能性はあると思う。
ただ……。
「さすがにそんなのが相手だとどうにもならないんじゃないかと……」
一瞬で世界ごと消滅させられたらもうどうしようもないし……。
が。
「だから〝修行〟するんだろ?」
「いや、修行って……」
それでなんとかなるレベルなのだろうか……、と呆ける俺に、フルガさまが不敵に笑って言った。
「はっきり言ってお前の成長速度は異常だ。しかもスキルがとんでもねえ方向に進化しやがったりする。よく考えてもみろ。守る相手の傷を全部受け切るために《身代わり》から《不死身》に昇華させるようなやつだぞ? なら〝スキル無効〟を無効化するくらい朝飯前だろうが」
「えぇ……」
「〝えぇ……〟じゃねえよ。オレはな、オレの男が負ける様なんざ見たくもねえんだよ。だから絶対に負けるな。時間を止められたならその中で動けるようにしろ。力を奪われたなら逆に奪い返してやれ。そうしてここに攻め込んできたやつらに見せつけてやるんだ。お前こそが全ての世界で最強の男なんだとな」
「フルガさま……」
そう真顔で言い切るフルガさまに、俺も力強く頷く。
「――わかりました。確かにどんな状況にも対処出来るよう備えるに越したことはありませんからね。やれるだけのことはやってみます」
「おう、それでこそオレの男だ。絶対に負けるんじゃねえぞ」
にっと歯を見せて笑うフルガさまに、俺は「ええ、約束します」と再び大きく頷いたのだった。




