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《追章》その24:ママさんと編み物


「――んなっ!?」



 それはあのエリュシオンとかいう顰めっ面を倒してから数ヶ月ほど経ったある日のこと。


 いつものように復興のお手伝いから帰ってきたあたしは愕然としてしまった。



「ふんふ~ん♪ ふふふ~ん♪」



 なんとあのアルカディアが!


 あたしと同じく家事壊滅で女子力ゼロだったはずのアルカディアが!


 何やら二本の串を手に鼻歌を口ずさみながら編み物らしき行為に及んでいたのである!


 確かに最近はお腹も大きくなってきたので、ゆったりとした服に身を包み、自慢のロングヘアもテラさまみたいに編み込んでママ感が半端なくなっていたのだけれど、だからっていつの間に編み物まで覚えたのよ!?


 え、あんたそんな器用なタイプじゃなかったでしょ!?


 しかも何その母性に溢れた顔!?


 もう完全にママじゃない!? と復興作業を理由に未だ新たな命を授かっていないあたしが圧倒的敗北感を覚えていると、件のアルカディアが微笑みながら言った。



「お、帰ってきたのか。疲れただろう? ゆっくりと湯にでも浸かってきたらどうだ?」



 ――ぱあっ!



「――っ!?」



 ま、眩しい!?


 そんな慈愛に満ちた顔でこっち見ないで!?


 イグザのフェニックスフォームばりに浄化されちゃうでしょうが!?



「はあ、はあ……」



 間一髪、なんとかぎりぎりのところで(精神的に)踏み留まったあたしは、しかしと複雑な心境になる。


 というのも、最近は各地の復興も大分進んできたので、もうそろそろよいのではと赤ちゃんを欲しがるお嫁さんたちも増えてきたのだが、どうにもあたしにはその一歩を踏み出すことが出来なかったからだ。


 もちろん理由など一つしかない。


 一度イグザを追い詰めたあたしがちゃんと子どもを育てることが出来るのか――どうしてもそれが頭に引っかかっていたのである。


 ゆえにあたしは復興を理由にそこら辺のことをはぐらかし続けていたのだが、なんというのだろうか。


 ああいう幸せそうなママ感を見てしまうと、途端に羨ましく思えてくるっていうか……。


 あたしもあんな風になれるのかなぁって……。



「……ねえ、あんたはなんで子どもを作ろうと思ったわけ? 不安とかなかったの?」



 別に尋ねようと思ったわけではない。


 だが気づけばあたしはアルカディアにそれを尋ねていた。



「ふむ、そうだな」



 そんなあたしの問いに、アルカディアは柔和に笑って言った。



「確かに不安がないと言えば嘘にはなる。が、私の……いや、我らの婿はその不安をともに乗り越え、辛い時には必ず寄り添ってくれる男だ。だからこそ私はあいつにこの身を委ね、そしてこうして子を授かった。ただそれだけのことだよ」



「ふーん……。そういえば、あんた《完全受胎》使ってないんだもんね」



「ああ。あれをイグザが習得したのは私をはじめて抱いた翌日だったからな。以降は避妊用として使っていたはずだし、考えられるとすればその時だろう」



「そう。よかったわね。おかげで正妻の威厳も保ててるし」



「ふ、まあな」



 うむ、とアルカディアがまんざらでもなさそうにその豊かな胸を張る。


 ちなみに彼女が最初に子どもを授かったことに対して、一部の女子たちが「ならしばらくアルカディアさんはイグザさまとイチャイチャ禁止ですね」「そうね。その間、私たちはいっぱい楽しませてもらうから」「おう、べそ掻くんじゃねえぞ」と言ってきたりもしたのだが、「ふふ、問題はない。私にはこの子がいるからな(お腹なでなで)」と母性を全開に返されてしまい、三人揃って己の小ささに死にたくなっていたとかなんとか。


 まあ今となってはいい思い出である。



「ところで、そういうお前は子を作らぬのか? あまり乗り気ではないようだが……」



「あたしはまあほら、そういう感じじゃないっていうか……」



 気まずげに視線を逸らしたあたしに、アルカディアは「……ふむ」と腕を組んで言った。



「お前はなんだかんだいい母になれるタイプだと私は思っているのだがな」



「えっ……」



 思わず呆けるあたしに、アルカディアは言う。



「確かにお前のしたことは許されざる過ちだ。しかしお前はそれをきちんと省み、イグザもそんなお前を許して嫁として迎え入れた。であればお前がこれから先、二度と誰かを傷つけることはないと私は信じている。違うか?」



「それは……」



「安心しろ。たとえお前が何か別の過ちを犯したとしても、その時はイグザとともに我らがお前は叱ってやる。なんなら私が責任を持ってお前を《グランドルナフォースメテオライト》でぶっ飛ばしてやろう」



「いや、それ死んじゃうわよね!?」



 せめてビンタとかにしてくんない!?


 なんでわざわざ一番強いやつ持ってきちゃうのよ!?



「はっはっは、まあ細かいことは気にするな。とにかくお前には私たちがいる。ゆえにもう少し自分に素直になるといい。せっかく訪れた平和だ。謳歌せねば損というものだぞ」



「……そうね。なんだかちょっと気が楽になったわ。ありがとう、アルカディア」



 あたしがそう表情を和らげながら告げると、アルカディアも「気にするな」と優しい笑みを浮かべていた。


 そんな彼女にあたしは肩を竦めて言う。



「まったく、あんたいつの間にそんないい女になったのよ? 編み物まで覚えちゃってさ。すっかりママさんじゃない」



 が。



「うん? 編み物? なんのことだ?」



「えっ? いや、だってそれ編み物でしょ? 赤ちゃん用の靴下とか作ってたんじゃないの?」



 どういうことかと目を瞬くあたしに、アルカディアは「ああ、これか」と二本の串を見せつけるように横に引いて言った。



「これは胸筋を鍛えるためのものだ。最近運動不足でな(ぎちぎち)」



「えぇ……」



 ホントだ、間にバネみたいのついてる……。


 てか、何故そんなものをあんな慈愛に満ちた顔でやってたのこの人……。


 超紛らわしいんですけど……。



「お前もやるか? 一説によれば乳が垂れるのを防げ……いや、やっぱり私がやろう」



「やるわよ!? あたしだって妊娠したら今より2カップ……いや、5カップは大きくなる予定なんだから!?」



 そう奪い取るように筋トレ器具をゲットしたあたしは、「ふんぬーっ!?」と力の限りにそれを引っ張っていたのだった。


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