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《追章》その15:禁忌の秘薬3


 最悪だわ……。


 あたしの華麗な演技で一件落着かと思いきや、ここにきてド淫乱媚薬を飲んでみせろですって?


 ふざけんじゃないわよ、このエロジジイ!


 てか、あんたあれでしょ!?


 あわよくばこのグラマラスボディを好き放題出来るかもとか鼻の下伸ばしてるんでしょ!?


 あーやだやだ!?


 これだからドワーフ族の男どもは!? とあたしが内心どん引きしていると、長さんが小首を傾げて言った。



「おや? どうされました?」



「い、いえ、それより浄化の儀には少々準備が必要ですので、一度彼女とともに工房の方へと戻らせていただきますね……」



「おお、そうでしたか。わかりました。では秘薬をご用意してお待ちしておりますゆえ、準備が出来次第、再びこちらの方に足をお運びいただけたらと」



「承知いたしました……」



      ◇



「短い付き合いだったわね、豚……」



「待て待て、諦めるでないわ」



 黄昏れたように明後日の方を見据えるあたしに、ナザリィがそう半眼を向けてくる。


 だが〝諦めるな〟ということは、それすなわちあのエロジジイたちを〝干からびらせろ〟ということである。


 冗談じゃない。


 当然、あたしは声を荒らげて反論した。



「じゃあどうしろって言うのよ!? 確かにあたしだって嫌だけど、でももし万が一にもそんなことになったら、あのエロジジイたち皆イグザに灰にされちゃうわよ!?」



「う、うむ、そうじゃな……。しかしもう猶予も残ってはおらぬ……。一体どうしたものか……」



 むむむ……、と難しい顔で腕を組むナザリィに、あたしは一応尋ねてみる。



「っていうか、一時的に媚薬の効果を軽減する薬とかないの?」



「ふむ、まあないことはないのじゃが、あの秘薬は無駄に強力でのう。せいぜい数分、それもほんの少し効力を弱める程度のことしか出来ん」



「くっ……。つまり気合いでその場を凌いだとしても、そのあとに里の人を襲いかねないってことね……」



 いや、どんな痴女よ。


 ほぼ素っ裸のアイティアでもどん引きするレベルじゃない。



「すまぬ……。イグザの嫁であるおぬしの言葉であれば素直に受け入れると思っておったのじゃが、まさかこのようなことになろうとは……」



 ナザリィが申し訳なさそうに顔を顰める。


 そんな彼女に、あたしは肩を竦めて言った。



「まあ今さら言ってもしょうがないでしょ。とにかく今は現状を打破する方法を考えないと」



「うむ、そうじゃな。しかし何かないものかのう……。イグザの逆鱗にも触れず、長たちを納得させ、かつ里にも被害を出さんという最良の方法が……」



「そんな都合のいい方法なんてあるわけ……」



 と言ったところであたしは気づく。


 ……ある。


 あるわ、一つだけ……。


 でもそのためには……。



「……?」



 無言で視線を向けたあたしに、ナザリィが不思議そうな顔をする。


 確かにこの方法ならイグザが怒ることはないとは思う。


 けどそれでいいの、あたし!?


 いや、よくないわよ!?


 全然よくないけど、もう時間もないし、やるしかないじゃない!?


 くっ……、と唇を噛み締めつつ、あたしはナザリィに言った。



「確かこの工房、地下に防音がしっかりしてそうな倉庫があったわよね……?」



「う、うむ、確かにあるが……」



「じゃあそこの鍵を今すぐ内側から閉められるようにしてちょうだい。外側から閉めても暴走したあたしが破りかねないから」



「わ、わかった」



 それと、とあたしはナザリィに真顔でこう告げたのだった。



「それが終わったら一緒に身を清めるわよ」



「えっ?」



      ◇



 そうして鍵の改修と湯浴みを終えたあたしたちは、再びエロジジイたちのもとへと赴く。


 事前に媚薬の効果を弱める薬も飲んであるので、あとはあたしの気合い次第だろう。


 というより、意地でも耐えてみせるわよ!?


 あんなエロジジイどもの毒牙にかかるなんてまっぴらご免だわ!?



「お待たせしました」



 ともあれ、あたしは聖女らしい清純極まりない口調でそう告げる。



「おお……」



 あたしの雰囲気が変わったことに彼らも驚いたようで、揃って目を丸くしているようだった。



「では秘薬をこちらに」



「え、ええ、わかりました」



 長さんからド淫乱媚薬を受け取ったあたしは、ナザリィと一度目配せした後、ええいままよとこれを一気に飲み干す。



「――っ!?」



 その瞬間、《神の園》の時と同じくとてもいやらしい感情があたしを塗り潰そうとするが、歯を食い縛ってぎりぎりそれを耐える。


 たぶんナザリィの薬がなかったらあっという間にド淫乱痴女と化していたことだろう。


 でもまだ耐えられる!


 ゆえにあたしは今まで培ってきた猫被り技術を最大限に発揮し、努めて平静を装って言った。



「このとおり秘薬は浄化されました。ご納得いただけたでしょうか?」



「ええ、確かに。さすがはかの救世主さまの奥方――素晴らしき奇跡の御業にございました」



「いえ、お役に立てて何よりです。では残りの秘薬も後ほど我ら聖女が浄化しておきますので、パング殿に関してはもう一晩罪を省みる時間をいただけると幸いです。その間は私もナザリィ殿の工房地下で己が罪を懺悔いたしますゆえ」



「わかりました。ドワーフ一同を代表して改めてお礼を申し上げます、エルマさま」



 すっと長さんたちが揃って頭を下げてくる。


 正直、もう限界なのだが、あたしは最後の意地で微笑みを浮かべ続けていたのだった。



      ◇



「はあ、はあ……っ」



 その後、足早に工房へと戻ってきたあたしは、ナザリィに肩を貸してもらいながら件の地下倉庫へと移動する。



「だ、大丈夫か!? 今、水を持ってくるからちょっと待っておれ!」



「ま、待って……」



 階段を駆け上がろうとしていたナザリィを息も絶え絶えに止め、あたしは薄れる意識の中、彼女に言った。



「それより倉庫の鍵をしっかりとかけて……。誰も入ってこられないように……」



「わ、わかった! これでいいんじゃな!?」



 がちゃり、と鍵をかけた後、ナザリィが駆け足で戻ってくる。


 そして彼女は心配そうにあたしを見やって言った。



「そ、それで一体ここからどうするのじゃ!? まさか一晩中その苦痛に耐えるつもりか!?」



 驚いたように眉根を寄せるナザリィだが、もちろんそんな余力などあたしには残っていない。


 ゆえにあたしは最後の力を振り絞ってナザリィにこう告げた。



「いいえ、違うわ……。さっきも言ったけど、催淫状態のあたしが暴走したら外から鍵をかけた意味がなくなるわ……。だからあたしは媚薬の効果が消えるまでここにいなくちゃいけない……。でもそのためにはここにいる〝理由〟が必要よ……」



「お、おい、ちょっと待て……? お、おぬしまさか……?」



 どうやらナザリィも気づいたらしい。


 そう、あたしがこの地下室に居続けるためにはその理由――つまりは〝性欲をぶつける相手〟がいなければならないのだ。


 だがほかの男が相手ではイグザの逆鱗に触れる。


 となれば、もう〝女〟しかいないじゃない!


 それも顔見知りなら許してくれる可能性も大!


 というわけで、ナザリィ――あんたにはあたしとともに地獄を見てもらうわ!



「や、やめよ!? わ、わしはまだおぬしと違って白馬の王子を夢見る生娘なんじゃぞ!?」



「大丈夫よ……。別に純潔が失われるようなことはないわ……。たぶん……」



「た、〝たぶん〟ってなんじゃ!? ちょ、ちょちょちょちょっと待て!? そ、それ以上わしに近づくでない!? や、やめ……やめ……あ、あ、アーーーーーーーーーーーーーーッ!?」



 その日、あたしたちは揃って何か大切なものを失った気がした。


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― 新着の感想 ―
[一言] >だがほかの男が相手ではイグザの逆鱗に触れる。 うん、へスペリオスとかキテージとかマジで焼かれるからね!? ……そしてナザリィ、お前のことは忘れない。
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