18 俺の正妻はとってもいい女
そんなこんなで色々と気まずさを残したままアルカと宿へ向かった俺は、今度こそ部屋を分けようと思ったものの、彼女の甘えてくるような視線に耐えきれず、結局二人用の部屋を手配してしまった。
しかもどうせ同じベッドで寝るのだからと、大きめなベッドが一つだけある部屋を、だ。
なんか割とマジで嫁(仮)の卒業が近づいている気がするのだが、俺の人生はそれでいいのだろうか。
まあ……うん。
それもありかなぁと思いつつある自分がいます……はい。
ともあれ、俺は先ほどから気がかりだったことを彼女に問う。
「そういえば、どうして聖女マグメルの下着があんな感じだったって知ってたんだ?」
「うん? ああ、あれはただの直感だ」
「直感!?」
え、そんな当てずっぽうでやったの!?
驚く俺に、アルカは頷く。
「うむ。だがただの直感ではないぞ。いわゆる〝女の勘〟というやつだ」
「女の勘……」
いや、それ直感とあまり変わらない気がするんだけど……。
「ああ。言葉を交わして分かったが、あの女は常日頃からああやって自分を抑え込んで生きている。自分は聖女なのだからと必死に言い聞かせてな。どこかで聞いた話だとは思わないか?」
「……そうだな。以前までの君と似ている気がするよ」
俺がそう頷くと、アルカはふっと口元を和らげて言った。
「まあ私の場合は〝強く在ること〟が聖女の価値だと思い込んでいたからな。あの女とは方向性が大分違うし、自分の力を誇示し続けることでストレスも発散出来ていた」
「確かに。おかげで各種武術大会を総ナメだったらしいからな」
「うむ、実にいいストレスの捌け口だったぞ」
まあ、ぼこられた方からしたら堪ったもんじゃなかっただろうけど……。
「だがあの女は違う。聖女として正しく在ろうとしすぎているがゆえ、そぐわぬものをとにかく排除し続けた末、我慢に我慢を重ねてしまった。しかし聖女とてただの人間。しかもまだ20歳やそこらの女とくれば、いずれ我慢にも限界が来る。その結果が――あれだ」
「な、なるほど」
つまりあまりにも聖女らしく在ろうとしすぎたため、逆に隠れて聖女らしからぬことをするのに目覚めてしまったということだろうか。
たとえばああいうセクシーな下着を穿きながら聖女活動をする快感的な――。
「って、いや、それただのMじゃん!?」
「うむ、まあそういうことだ。私にも少々その気があるのでビビッときたのだが、あの女はああやって人知れず露出をすることでストレスを発散しているのだろうさ」
「な、なんということでしょう……」
思わず敬語になるほどの衝撃である。
てか、地味に自分もちょいMでした告白をするのはやめなさいな。
あと女の勘をなんてものに使ってるんだ。
「よく考えてもみろ。まさか人々の希望たる聖女が娼婦のような下着を身につけているとは思わんだろう?」
「た、確かに……」
慈愛の微笑みの下で興奮しながらセクシーな下着を身につけてるとか、もうなんかそれはそれで俺の方が興奮してくるわ。
「くそっ、なんてけしからん聖女なんだ……っ」
「その割には随分と嬉しそうだな、婿(仮)よ」
「そ、そんなことないよ?」
俺が目を逸らしながら否定していると、アルカは嘆息交じりに言った。
「ともかく、今後あの女が絡んできた時は、少々強引に行った方がいいだろう。潜在的にはMなのだ。恐らく押しにはめっぽう弱いのではないかと私は考えている」
「わ、分かった。じゃあもしその時が来たら、アルカの意見を参考にさせてもらうことにするよ」
まあどう強引に行けばいいのかはまったく分からないんだけど。
「うむ、そうするといい。その方がきっとあの女のためにもなるだろうからな」
ふっと再度微笑するアルカに、俺は「でも」と尋ねた。
「どうしてそこまで彼女のことを気遣ってやるんだ? あんなにはっきり嫌いだって言われたのにさ」
「そうさな、さっきも言ったが、あれと私は似た者同士だ。いや、もしかしたら〝聖女〟というもの自体、特別ゆえに皆何かしらの闇を抱えているのかもしれん。だがお前はそんな私を救い、光のもとへと連れ出してくれた。であればほかの聖女たちにも救われて欲しいと思うのは、傲慢なことではないだろうよ」
「……そっか。凄い今さらだけど、アルカはいい女だな」
「なんだ、今頃気づいたのか? 私は出会った時からいい女だったぞ」
「そうだな。君は出会った時からいい女だった」
ふふっと互いに笑い合っていると、「ああ、そうそう」とアルカがまるで念押しするようにこう言ってきた。
「いくら押しに弱いからといって、私より先にあの女を抱くのは絶対にダメだ。私は妾を持つことには反対しないが、正妻はあくまでも私であることを忘れるな。分かったな?」
「は、はい、分かりました……」
有無を言わさぬアルカの圧に、俺はただただ素直に頷くことしか出来なかったのだった。
てか、妾はいいのかよ……。




