111 エルフの里
「――動かないでください。ここを我らエルフの領域と知っての狼藉ですか?」
黒人形と化した〝弓〟の聖者――カナンを追って、エストナから遙か南東の大森林地帯へとやってきた俺たちだったが、現在エルフの里で彼らに包囲されている真っ最中だった。
というのも、本来ならば里に辿り着く前のカナンを直接叩くはずだったのだが、俺たちの存在に気づいたらしい彼が木々の中に身を潜めてしまったことで、捜索が困難になってしまったのだ。
シヴァさんの〝眼〟でも正確な位置が分からない以上、無闇に攻撃するわけにもいかず、ならばとエルフたちに危険を知らせにやってきたのである。
が、当然よそ者の俺たちを警戒しないはずもなく、このように全包囲されてしまったというわけだ。
そういえば、前にもこんなことがあったっけか。
あの時はアイリスの姉妹たちに問答無用で攻撃された挙げ句、彼女ら全員から聖女の気配がすると言われてめちゃくちゃ驚いた覚えがあるな。
「ええ、もちろん。私は〝盾〟の聖女――シヴァ。こっちは同じく〝弓〟の聖女――ザナと、私たちのダーリンであり、救世の英雄でもあるイグザよ」
「聖女と救世の英雄……?」
ともあれ、弓を構えたまま訝しげに眉根を寄せるのは、尖った耳と色素の薄い髪の毛が特徴的な色白の美女だった。
ほかのエルフたちも皆似たような見てくれをしており、どうやら男女問わず容姿に優れた者が多い種族らしい。
「ええ、そうよ。〝カナン〟という名に覚えがあるわよね?」
「おい、ザナ!?」
「どうせあとで分かることでしょう? それより今は早々に話を進めることを優先した方がいいと思うわ」
「……そうだな。分かった」
せめて聖者としての名誉くらいは守らせてやろうかと思っていたのだが、確かに今優先すべきなのはエルフたちの身の安全である。
ザナの言葉に俺が頷いていると、女性は驚いたような顔でこう問いかけてきた。
「何故あなたたちが彼の者の名を知っているのですか?」
「その説明と警告をするために私たちはここに来たの。だからいい加減武器を下ろしてもらえないかしら? 私たちは決してあなたたちの敵ではないわ」
そうザナが懸命に訴えかけるものの、女性は首を横に振って言った。
「いいえ、それは出来ません。たとえあなたたちがあの忌むべき者の名を知っていたとしても、我らの領域に無断で立ち入ったことは事実。このまま拘束させていただきます」
「あら、それは困ったわね。そんなことを悠長にしている余裕はないのだけれど」
やれやれとシヴァさんが嘆息する中、俺はもうこうなったら直接説明するしかないと、女性に対して声を張り上げた。
「お願いです! 話を聞いてください! 今この里には大きな危機が迫っているんです!」
「……大きな危機?」
「そうです! 俺たちは女神フィー二スに操られた〝弓〟の聖者――カナンからあなたたちを守るためにここに来ました! 今のカナンの浄化は五柱の女神たちの力を持つ俺たちにしか出来ません! だからどうかカナンがここに来る前に退避をお願いしたいんです!」
「「「「「――っ!?」」」」」
その瞬間、件の女性を含めたエルフたちの間に動揺が走ったのが分かった。
最中、女性が神妙な面持ちで弓を下ろしながら言う。
「まさか人間の口からフィー二スさまの名が出るとは……。それにあなたから感じるこの大きな力……。どうやら今の話に偽りはないようですね」
「では――」
「ですがそういうことならなおのこと引くわけにはいきません。わざわざ警告に訪れてくれたことには感謝しますが、エルフの不始末は我らエルフがつけます。ですからあなたたちは――」
と。
「――グオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
――どぱんっ!
「「「「「「「「――なっ!?」」」」」」」」
ふいに木の陰から全身を黒いオーラに包まれたカナンが飛び出し、女性に向けて強烈な一撃を放つ。
それは空を裂きながら真っ直ぐ女性のもとへと飛んでいき、その華奢な身体を無慈悲にも貫こうとしたのだが、
――がきんっ!
「えっ……?」
「……させねえよ!」
直前で俺の〝盾〟によって完全に阻まれたのだった。




