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転生家庭教師のやり直し授業◆目指せ!教え子断罪回避◆  作者: ナユタ
◆第四章◆

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*21* 誰が為の分岐点。


 ついにやって参りました、社交界シーズン初日。


 現在地はホーエンベルク様の所有するお屋敷の、主に似て質実剛健な応接室だ。いつもお世話になるフェルディナンド様のお屋敷でないのは、もう子爵家に集められる面子ではなくなってしまったからなのだけれど――。


 未だかつてこんなに待ちに待った社交界シーズンはなかった気がする。それくらい目の前に広がる和やかな光景は、私のこの世界(ゲーム)で散々痛めつけられた教育者心を癒してくれた。


「新作持ってきて早々にあれなんだけど……この遊戯盤ってさー、上級貴族とか王族集める魔法でもかかってるの?」


「まさか、と言いたいところですけれど、確かにそう言われても仕方がない光景ではありますね」


「侯爵家の令嬢二人に第一王子と第二王子だからな。何かしらの吸引力があるのは間違いなさそうだ」


「権力の縮図とも言えそうな遊戯盤に群がる上級貴族の娘さんと王子様たち……。うふふ、なんだか面白い絵面ですわね~」


 四者四様、ティーカップに揺れる紅茶の香りを楽しみつつそんなことを言い合う前では、テーブルの上に広げられた新しい遊戯盤へ前のめり気味に向き合う四人の子供の姿。


 アウローラはともかく、マリアンナ様まで混ざってくれるとは思っていなかったものの、先程アグネス様が教えて下さった内容によれば、前回の観劇で彼女も多少興味を持ったそうで、親友である教え子がハマっているならと憶えてくれたらしい。流石は元ライバルキャラ。潜在能力が高い。


「しかし……早速第一王子がカモにされているようだな。次期国王の初戦は大敗か」


「うーわ、可哀想に。一度敗けが込み始めると、このゲーム立て直すの目茶苦茶難しいんだよなー。初心者にはキツいよ」


「遊ぶというより、遊ばれてますわね~」


「あー……マキシム様ったら、またあんなところに城壁建設して……」


 しかも執拗にマキシム様の国に攻め込んでいるのはアウローラだ。活発なマリアンナ様がその同盟国だからしかたないとしても、あんなに攻撃を仕掛けるところは初めて見る。


 遊戯盤初心者のマキシム様は防戦一辺倒。元が好戦的な彼にしてみれば不本意極まることだろう。


 残るフランツ様は内需拡大政策型。兄に多少の援軍は出しているようだけれど、チラリと手持ちの軍勢カードを見るに、肝心の兵士の練度が全く足りていない。


 アウローラの国は正規軍の練度カードがカンスト。マリアンナ様はお金にものを言わせて元から練度が高い傭兵カードを持っている。


 なんて恐ろしい……これが私とアグネス様とホーエンベルク様の教育方針の違いなのか。ちなみにこの遊戯盤の内容だと、フェルディナンド様の教育方針の出番はまずない。芸術家は美しいもので溢れる平和な世の中に生きてこそだ。


 ――……何というのか、盤上は段々と家庭教師陣の代理戦争と化している。


 うーむ、マキシム様も興味を持った翌日にあれでは、楽しむより先にトラウマになるだろう。何より一方的なゲームは見ていて楽しいものでもない。そこで。


「さて、と。私も新しい遊戯盤にちょっと参戦して参りますわ」


 そう言って紅茶をテーブルに置いて席を立った私を見て、ホーエンベルク様も「では俺も――、」と腰を浮かせようとしたものの、隣からフェルディナンド様に「面白そうだから見てよう」と絡む。


 ファインプレーですフェルディナンド様。大人が二人参戦しては子供のやる気はダダ下がるものだ。お正月のウ◯然り、人生◯ーム然り、カルタ然り。ノリで参戦する親戚の大人は一人で充分。


「うふふ、いってらっしゃいませ、ベルタ様。子供たちに大人の本気を見せてやって下さいませ~」


 ヒラヒラと優雅に手を振るアグネス様に微笑みを返し、私は泥沼化している遊戯盤の試合を一時中断させて、最初から始めることを子供達に提案したのだった。


***


 華やかな社交界シーズンが始まって二週間。

 

 けれど生憎と四日前からお天気に恵まれず、図書室から眺める窓の外の空は今にも泣き出しそうな鈍色だった。おまけに風も強いのか、閉めきられた窓ガラスがひっきりなしにガタガタと音を立てている。


「つまらん。今日も雨か」


「風も強いですし春の嵐ですね」


 本当につまらなさそうにそう言うマキシム様の声に苦笑しつつ答えれば、彼は不服そうな表情で頷いた。


 それに私も本音では、この悪天候で二日前に戻る予定だった妹の帰国が遅れているのでつまらない。しかし目の前で授業に使った教材を片付けていたマキシム様が、ふとその手を止めた。


「……雨の日はお前がわたしのために作ったメンコが湿気ってしまうから嫌いだ」


 そう言いながら、変形しないように教材の間に挟んであったメンコを一枚抜き出し、ペタペタとよれがないか確認する姿につい声を立てて笑ってしまった。


「ふ、ふふっ、あはは! 随分と可愛らしいことを仰って下さいますね」


「なっ――……ば、馬鹿か! 気持ちの悪いことを言っていないで、さっさと昨日の雪辱を果たしに行くぞ!」


 どうやら雨続きで身体を動かす遊びが減ったことで零れた愚痴だったようだ。ここ数日は毎日お茶の時間に、アウローラとマリアンナ様をフランツ様の名で招いて遊戯盤を囲んでいるから、鬱憤が溜まっているのだろう。


「ふふふ、はー……おかしかった。ですが雪辱を果たすのはマキシム様だけですわ。私は昨日の大陸統一国ですよ?」


「う、うるさいな。大体お前の場合は昨日()だろうが。それに教え子の敗けは教師の敗けだ」


「まぁ、またそんな屁理屈を……」


 顔を真っ赤にしてお馬鹿な発言をする姿に、もう少しからかってやろうと言葉を続けようとしていたら、図書室のドアがノックされて。マキシム様の「入れ」という声に続いて現れたのはホーエンベルク様だった。


 けれど入室してきた彼に直後に違和感を感じて、すぐにそれが久々にその表情が読めないせいだと気付く。マキシム様もすぐに用件を言い出さない彼を訝かしむ。


「マキシム様、先にフランツ様達と昨日の敗因について論じておいて下さい」


「お前は?」


「すぐにホーエンベルク様と参りますわ」


 暗に二人きりで話がしたいということを含ませると、マキシム様は気紛れなネコのようにすれ違い様に私の肩にぴったりと身を寄せてきて――。


 私にしか聞こえない声で「おかしなことをされそうになったら、わたしが許す。蹴り上げろ。揉み消してやるから」と。何やら十五歳とは思えない不穏な許しを残して図書室を出て行った。


 足音が遠ざかって聞こえなくなったところで、ようやく私とホーエンベルク様は再び向かい合う。


「……第一王子を人払いするほどの何かがあったのですか?」


 そう訊ねる声がやや緊張を帯びているのが自分でも分かる。彼はこちらの問いかけに一つ頷くと、懐から紙片のようなものを取り出した。


「つい先程エリオットがこれを届けに来て、アグネス嬢とこの劇場に観客として出かけたところだ」


 固い表情のホーエンベルク様に手渡されたのは、雨でよれた新聞の……新作劇を紹介するあの頁だった。嫌な予感が胸の内を占めて指先が震えるけれど、何とかその記事に視線を走らせる。


 劇場の名前も、そこを拠点に活動している劇団の名前も、国中の演劇ファンなら誰でも知っているほど有名なところだ。


 そこが今日から上演するという作品の内容は――。


 一人の下級貴族家出身の家庭教師の女が、大貴族の跡取りである兄と、その弟を意のままに操って身代を乗っ取ろうとするいう……悪役令嬢物語だった。

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