*20* 朝の挨拶と微妙な変化。
起床してから朝の挨拶をする順番は、大体の人が決まっているのではないかと思う。私の場合は一番目は家族、二番目は屋敷の使用人の皆、そして三番目が――。
「おはよう、ベルタ嬢。今朝も時間ぴったりの登城だな」
「おはようございます、ホーエンベルク様。毎朝ここで待って頂いて恐縮ですわ」
「毎朝言っているが、貴方が気にすることはない。本来ならこちらが屋敷まで迎えに行かなければならないくらいだ」
「いいえ。毎朝ホーエンベルク様がここに立って下さっているだけでも、この職場に味方がいる安心感がありますもの」
生誕式典の翌日から心配症な父に頼みこまれ、城の通用門前で私と待ち合わせをしてくれている彼だ。正直この歳で門の前で待っていてもらうのは少々恥ずかしいのだけれど、これもやむを得ない事情があった。
実際に登城して図書室に向かう途中でメイド達の陰口をBGM代わりに聞き、廊下の角で待ち伏せされては顔も知らない人から手紙を読んだかと壁ドンで問われ、頭上から雑巾を絞ったらしき水が降ってきたり鉢植えが落ちてきたら……流石に頼る。自力でどうにかできるのは一番最初の陰口だけだ。
いくら護身術を習っているとはいえそこまで過信するのは愚かだし、万が一撃退できても傷が付くのは家格の低い我が家である。貴族も家格が低いと下手をすれば平民よりも世知辛いと気付いたのは、転生してからのことだった。
何の自由もないのに、責任だけはある。まぁ、領地を持っているうちはまだいいだろうけどこれが騎士爵や男爵などだと、もう責任だけがある状態だ。
「毎朝そんな覚悟を持たせてしまってすまないな。目が少し赤いようだが……あまり眠れていないのか?」
「ああ、これは釣書へのお断りの手紙を書く時間が夜しかないもので。けれどマキシム様がもう少し長く授業を受けられるようになられれば、私の役目も終わります。この作業もいまだけだと思えば堪えられますわ」
二人で並んで図書室へと歩くまでの会話が、私達の就業時間までのカウントダウンになっている。
内容は日によって様々だけれど、今日はついに寝不足気味なことに触れられてしまった。隈は化粧で隠してもらえても、目の色までは誤魔化せないからなぁ。言及されるくらいだからやはり目立つのだろうか?
「もしそうなったとして、ベルタ嬢はその後どうするつもりだ。コーゼル侯爵に雇い直される気はないのか?」
――どうやら話は違う方面に飛んだらしい。良かった。
「そうですね、アウローラ様はもうフランツ様の婚約者候補……というか、現状ほぼ婚約者ですし、王家の子女の教育は専門の家庭教師が就くのではありませんか? 勿論雇い直して頂けるなら嬉しいのですけれど、できなければまた領地に引っ込むでしょうね」
今世がどこまでこの状況が続くのかは分からないが、前世のルートまでならそうなる。教え子は他の教育者の手に渡り、アンナがヴァルトブルク様と結婚しない限りは、私はいままで通り領地で領主代理の仕事をして暮らすことになるだろう。
「妹が結婚したら屋敷を出て、領内で家庭教師でもしようかと思っておりますわ」
「……貴方自身の結婚は考えていないのか?」
「うーん、どうでしょう。明日からの社交界で良い出会いでもあれば……いえ、やっぱり分かりませんね。自分が結婚するという未来がいまひとつ想像できなくて」
などという話をしていたら、進行方向前方に私達を待つマキシム様とフランツ様の姿が見えた。さぁ、就業時間だ……と思っていたら、どうもお互いの教え子の様子がいつもと違う。
よくよく見ればフランツ様がマキシム様の腕を掴んでいるようだ。どうかしたのかと一瞬ホーエンベルク様と二人で目配せをして歩む速度を早めると、マキシム様は嫌そうに、フランツ様は微かにだが楽しそうに見える。
「おはようございます、マキシム様にフランツ様。お二人が並んで私達を待っているだなんて珍しいですね。兄弟喧嘩でもされましたか?」
私の単刀直入な質問にホーエンベルク様がギョッとした様子になったが、続くフランツ様の「兄上が五国戦記に興味を持たれたようなのです」との言葉に、今度は私が目を丸くする番だった。




