*16* 再会と、ダンスと、軋轢と。
式典の開始から体感で一時間。
この一ヶ月と少しの間に調……教育したおかげで、未だ豪奢な椅子に脚を組まずに座るマキシム様の姿を見てホッとする。
式典の流れとしては、まず開始のありがたいご口上が述べられ、次いで招かれたお客達の家名と、娘を連れての出席の場合はその娘の名前も読み上げられ、式典の主役足る第一王子の御前に跪いて、恭しく祝いの言葉を献上する。
順番は近隣の友好国からの使者や、年齢の近い王子や王女から。それが終われば自国内の上級貴族の順に名を呼ばれていき、これが大体二時間続く。
一段下がった場所に席を設けられたフランツ様とホーエンベルク様も、微笑みを浮かべてはいるが人形のようだ。アグネス様とフェルディナンド様は、恐らく付き添いの人達が通される別の間にいるだろうから、あとで自由の身になったら会いに行こうっと。
各貴族からの挨拶が済めば、第一王子が自らのファーストダンスのお相手を出席者のお嬢様方の中から選んで踊り、次にフランツ様がそれに続き、全て終われば他の出席者達も各々の相手を探して踊る。
こういう場合本当は王族一家が最初に踊るのがお約束なのだが、上階のテラス席から会場を見下ろしておられる陛下は、亡くなったお妃様以外の女性と踊るのを良しとしないらしく、息子二人だけが踊るのだそうだ。確かに祝われる側にとって苦痛しか感じない誕生日である。
時々マキシム様の席から二歩ほど後ろに立つ私に、出席者からの胡乱な視線が向けられるのがいたたまれない。どの顔にも“誰だコイツ”と浮かんでいる。ただの片田舎の子爵令嬢なのだから当然だ。演劇や小説や遊戯盤のおかげで多少名前の露出はあったものの、顔自体はあまり知られていない。
こちらとしてもどうせなら、当初の通りもっと斜め後方の人目につきにくいところに立ちたかった。しかしさっきの返答の腹いせか、直前に立つ場所を変えられてしまったのだ。
けれど数名のご令嬢達からは何故か羨望の眼差しを向けられた。特に、隣国の小さな王女様から。一瞬頭に妹の行方が浮かんだけれど……まさかね?
現在は外から訪れた来賓の挨拶が終わり、徐々に国内の選ばれし者共が名を呼ばれ始めたところだ。
まぁ当然というか、一番最初に呼ばれたのはあのいけ好かない中年・ランベルク公爵。王妃の兄という肩書きは本人の死後も有効らしい。娘はいないのか、一人での出席だ。これには一応マキシム様のことを思って安心した。もしも娘がいたら絶対に選ばなければならないところだっただろう。
マキシム様の前で臣下の礼をとり、祝いの言葉を述べる様は悔しいが絵になる。しかしほんの一瞬こちらに向けた視線は、あの日と同じく背筋が粟立つようなものだった。
次いで国の重鎮達が続き……アグネス様が“改造”と称した【清楚でおしとやか】なマリアンナ様が現れて、私の度肝を抜いてくれた。しかし去り際にこちらに向かってニヤリとした彼女は、どうやら分厚い猫の皮を被っていただけだったようだ。
その後も二組ほどが呼ばれ、それが途切れたところで「コーゼル侯爵、息女アウローラ」と。ついに待ちに待った名前が呼ばれた。
赤い絨毯で隔てられた両側の来賓達の間から一組の親子が進み出て、真っ直ぐにこちらへと歩いてくる。
臆することなく天井から糸で吊られたように背筋をピンと伸ばし、顎をクッと持ち上げて。人々から向けられる視線の中を、淡いピンクのドレスを翻しながら颯爽と歩くその姿に、感極まりすぎて視界が滲んだ。
フェルディナンド様のおかげで、彼女は自信を持って綺麗になった。
透き通るような美しい金髪と、優しげに垂れたダークブラウンの双眸、右の目許にある黒子はそのままに、私の前では蛹か雛鳥だった教え子は、いつの間にか蝶々で白鳥な女の子になっていた。
壇上の下からこちらを見上げる凛とした表情。三段ほどの階段を上ってくる間も、視線は食い入るように私を捉えて。その視線に僅かに頷き返せば、アウローラは途端にパッと私が一番良く知るあどけない笑みを零した。
――が、感動の再会はここまでだった。
隣で父親であるコーゼル侯爵が祝いの言葉を口にしている間も、視線はとにかく私にのみ注がれ、その小さな唇が【せんせい】と微かに動く。あとでいくらでも甘やかしてあげるから、いまは前を向いて欲しい。
ハラハラしながら侯爵の口上が終わる直前に視線で促して、ようやくマキシム様に視線を向けたかと思ったら――。
「今日の善き日にお目もじ叶いましたこと、身に余る光栄に御座います」
今度はまるで熱の籠らないお祝いの言葉にチベスナ顔。待て待て、さっきまでの蕩けるような微笑みはどこにいったのアウローラ。
いや、決して魅力的な微笑みを向けて興味を持たれて欲しいわけではないけど、相手は将来の暗黒俺様王子なのよ? 絶対にあとで“あいつは他の女と違う”って興味持たれちゃうから!
――と、そんな心臓に悪い再会を果たしたあとは、つつがなく式典は進行していき、残すところはマキシム様のファーストダンスのお相手探しのみとなった。
心なしか来賓達の中にいるご令嬢達がそわそわしている気配がして微笑ましい。しかしそんなことを思って油断していた私を、次の瞬間不運が襲った。
「今宵のファーストダンスは、今日の善き日に導いてくれた我が師ベルタ・エステルハージに決めた」
彼のその行動で会場内から一切の音が失われ、直後に、これまでとは違ったざわめきが来賓達の間から起こる。
「――……は?」
自分の間抜けな声が喉を震わせるのと、承諾をしていない手を奴にとられたのは、ほぼ同時だった。
もうじっとしている我慢も限界だったのだろうマキシム様が「行くぞ」と急かし、階段を下りる最中にギョッとした表情を浮かべるホーエンベルク様達の隣を通り抜け、わけも分からず会場の中心に引きずり出された私の耳に、楽団が奏でる音楽が届く。
宇宙猫状態であっても身体は染み付いたステップを踏み、悪戯が成功した達成感に「さっきのお前の顔は見物だったぞ」とマキシム様が笑う。
「やってくれましたねマキシム様。明日からの授業は覚悟して下さいませ」
「明日は明日のことだ。今夜お前を驚かせてやったことの方が愉快だ」
「まぁ、いい性格ですこと」
「お前ほどじゃ……いや、お前の性格は極悪だな」
「それが分かっていながらの悪戯、受けて立ちましてよ?」
「そんなに長い曲じゃない。すぐに終わるからあまり根に持つな」
「このあとは二時間でも三時間でも踊られればよろしいですわ。別のご令嬢と」
軽口を叩き合いながらステップを踏み、周囲にざっと視線を巡らせた。観客達の表情には、困惑、嫉妬、怒り、愉悦、呆れと、様々な色が乗っている。
その中に特大の嫉妬の炎を纏ったアウローラと、愉悦一色に染まっているマリアンナ様の姿もあった。相変わらず対極的で面白い子達だ。そんな風に大体は予想通りの表情だったものの……約一名の表情に何故か胸がざわついた。
てっきり怒りに染まり切っているだろうと思っていたランベルク公爵が、愉悦の表情を浮かべていたのだ。見間違いかと思い、ターンを決めて奴のいたところを再び見たときには、すでに姿はなかった。
曲は段々と終盤に向かい、岸辺に舟を寄せるように戻ってきた私達と入れ替わりに、フランツ様とアウローラがホールへと出てきたものの、すれ違い様に彼女が凄まじい表情でマキシム様を睨み付けた。
そんな教え子の不敬とも思える対応に応じるように睨み返すマキシム様。両者の間に心配していたようなロマンスの生まれる気配は微塵もない。
マキシム様を他のご令嬢達の輪に放り込み、せっかく教え子の勇姿を見ようと思ったのに、付き纏う来賓達の好奇の目から逃れねばならず、もう先に別室のアグネス様達と合流しようかと思っていたら――。
「さっきの話の続きなんだが……王子達が躍り終えたら、俺と一曲踊ってくれないかと言いたかった。いまからでも申し込めるだろうか? 場所はここではなく、本来の俺達がいるべき別の間になるが」
そう少し困った様子のホーエンベルク様に誘われて。
頬に熱が集まるのを感じて咄嗟に俯いた足許には、老魔法使いから授かった、白黒ツートンのタップシューズ。




