*13* 見落としがちなこと。
就寝にはまだまだ早い時間帯。
場所は自室のベッドの上。
目の前には明日の昼に帰ってしまうアグネス様と、アンナの姿。
女性三人、ドレスコードはパジャマ一択。
これで何も起こらぬわけがない――……ので、現在明日には領地に帰ってしまうアグネス様とアンナをゲストに招き、教え子がお泊まりしていたとき以来のパジャマパーティーを開催中である。
昼間の中年とは違ってきちんとイケてる我が家の父は、婚姻前のご令嬢が泊まりに来ている屋敷に自分がいては世間体が悪いからと、ヴァルトブルク様のお屋敷に泊めて頂く手筈を整えて城で別れた。
会話の順番は最初はアグネス様から。内容はアウローラの手紙から推測される学習の成長。一応手土産として最初に私がコーゼル領を離れてから、添削して送り返した以外の教え子の手紙はもらったけれど、細かい勉強内容は同僚から直接聞くに限る。手紙は二人が帰ってしまってから大切に読むつもりだ。
その次はアンナの番。劇団での出来事と、本人は無自覚に並べるヴァルトブルク様とのアオハルなやり取りを聞き、アグネス様とキュン成分を全身に浴びて、目配せで“可愛い!”を叫びあっていた。
実際同僚とはいえ父が今夜すんなりあちらのお屋敷にご厄介になれているのも、何となくではあるが無関係ではない気がしている。早くこの二人を公認で推せる日が来ることを願って止まない。
そしてこの集いのオオトリを飾ったのが、昼間遭遇した中年と私と王子の話だったのだけれど――。
「まぁまぁ、それは災難でしたわね~。オー人事待ったなし案件ですわ~。花も恥じらう女性にそんなことを仰るなんて、その方はきっと木の股からお生まれになったのよ。もしくはご自身で単体生殖されたのかしら?」
「本当に最低で無礼な方だわ。お姉さまは全面的な被害者なのに。それに不敬を問う人間がいないから言いますけど、これまで第一王子が真面目でなかったことがそもそもの元凶じゃない」
「ふふ、そうね。でも何だか斬新な悪口を聞いたなとは思ったのよ。実際面白いかどうかは別として」
「まぁ……うふふ、そんなに眉間に皺を刻んで言われても説得力がありませんわ~」
「アグネス様の仰る通りです。わたしは絶対そんな人とは結婚したくないわ」
勿論守秘義務として中年の身許や関係性はぼかし、ただの高位文官として話したものの、出るわ出るわの絶許感想に心が浄化された。
――その翌日。
「それじゃ早かったら三月、遅くてもまた四月に会いに来るよー。取り敢えずベルタ先生は嫌味中年と二人きりにならないよう注意して、ヴィーはしっかりベルタ先生のこと守ってやりな。お姫様が来る前に先生に何かあったら絶交だから」
「肝に命じておく」
「ベルタ様、もしものときは“急所を狙って回避”を常に心がけて下さいませ。目でも鼻でも脛でも。あとは……はしたなくて言えませんわね。では、アウローラ様の成長ぶりとマリアンナ様の改造ぶりをお楽しみに~」
「アウローラ様の成長はともかく、マリアンナ様の改造ぶりが気になりますけど……楽しみにお待ちしておりますわ」
――と、仕事であまり私とホーエンベルク様が遊べなかった代わりに、三日間の滞在をほぼ二人で遊び回ったアグネス様とフェルディナンド様は、お互いの馬車に乗り込む前にそう言い残して去って行った。
残された私とホーエンベルク様は二人の発言に苦笑しつつも、互いに王子を担当する同僚としての結束を固めた。
――、
――――、
――――――日から一ヶ月と八日。
時間が、溶けた。本当にそうとしか表現しようがない。気がつけば明後日はもう第一王子の十五歳を祝う生誕パーティー当日である。
正直私は舐めていたのだ。
王族の関係する催しの詰め込み形式典の準備期間を。
準備を始める最良の日を占いで決めるという非効率的な習慣も。
前世の母国の催しだともっとゆったり準備をしているように見えたのに。
それに伴いせっかく作ったあのメンコ達は未だに活躍していないし、教え子の手紙はまだ半分も読み終えていない。
その間にヴァルトブルク様の舞台は、新風を求める女性達の口コミから火がつき、隣国からも上演したいとオファーが飛び込んだり。
それに同行するよう求められた妹が商魂逞しく、隣国でまで私とフェルディナンド様の合作である遊戯盤見本を持ち込み、ヴァルトブルク様の舞台の後に第一シリーズの公演をして、富裕層を相手に注文販売を受け付けたり。
父が死んでも望んでもないのに二階級上の部署へと大抜擢され、毎日面倒がって登城拒否をしていたり。
ただ不愉快な中年は初めて顔を合わせて以来、一度もこちらに接触してくることがない。平穏なのは助かるが、かえって不気味なものを感じる。しかし本当に何だかんだと急に周囲が騒がしくなってきて、私も暦を二度見どころか三度見する早さで日々の時間を消費していた。
「いいですかマキシム様、流石にご自分の生誕パーティーで二時間着席していられないのは問題ですから、当日はなるべく大人しくなさって下さいね」
「お前、日毎に念押しがしつこくなってきたな。分かっていると言っているだろ。大体去年までより仰々しい服装で二時間席から動くなとか……拷問だぞ?」
「えぇ、まぁ……それは本当にお気の毒ですが、十五歳の節目ですからね」
「五年事の節目は嫌だ。せめて十年単位にしろ。わたしは二時間席に座っているよりも、二時間ずっと踊っている方がマシだ」
そう言われてパッと脳裏に浮かんだのは前世で有名だった残酷童話だ。教会に赤い靴履いて出かけた女の子のやつ。いや、それは招かれる側が地獄だろう。
将来暴君になるルートがある人物が言うと、ああいう最後が待っていそうで洒落にならない。重みが違う。しかしこの短期決戦中に裏の手を発動させたので、仕上がりはまぁ、及第点といったところだ。
裏の手の正体は適度な鞭と、過度の飴。普段と同じ努力をさせ、普段の倍は甘やかす。問題は若干の中毒性だがそこには目を瞑った。
「一家庭教師ごときにそう申されましても。あ、でしたらご自身で戴冠なされてから、そのように王族の節目を定められてはどうでしょう?」
「陛下はまだご健勝だ。一歩間違えたら叛乱罪に問われるぞ、お前」
「それが分かっておいでなら、当日はよろしくお願いしますね?」
「お前こそ約束通り当日はわたしの傍にいろよ」
「マキシム様こそ念押しが強いですわね。畏まりましたともう何度も申し上げております。限界になったら見極めて退席するお手伝いをさせてい――……」
「どうした? 変なところで話を切るな」
「いえ、何も大したことではありませんわ。当日が楽しみですわね」
嘘である。それも特大の。すっかり失念していたのだ。家庭教師で子爵の自分が、王城の舞踏会で見劣りしないドレスを持ってなどいないということを。
その後訝かしむマキシム様を強引に時間を理由に言いくるめて別れた私は、別の部屋で同じく式典に向けてのおさらい中のホーエンベルク様達の元を、恥を忍んで強襲した。久々に再会する教え子にみっともない格好は見せられないもの。




