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転生家庭教師のやり直し授業◆目指せ!教え子断罪回避◆  作者: ナユタ
◆第四章◆

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*11* シナリオが、忘れた頃に牙を剥く。


「おいお前、顔色が悪いぞ」


 ぼんやりとしていたのか、そう声をかけられても反応するまでに僅かな間ができた。そのことに気の短い声の人物は苛立ったらしく、私が視線をそちらに向けたときには、すでに椅子から腰を半分上げかけている状態だった。


「ああ、いえ……ご心配ありがとうございます、マキシム様。ですが体調不良ではないのでお気になさらず。昨日友人達と久しぶりに会えたことで、少々羽目を外しすぎただけですから」


 顔色の悪い元凶に心配されたところで嬉しくない――……は、いくら何でも大人気がなさすぎるか。とはいえ、このお通夜気分とまったく無関係でもない人物に対して笑顔を向けるのは、現在の体調的に辛すぎる。


 マキシム様はこちらの答えに「だ、誰が心配などするか。自惚れるな」と返し、再び問題を解くために教材へと視線を落とした。


 そこで十五分の砂が落ちきっていることに気付き、砂時計をひっくり返す。


 ――昨夜。


 初日公演を無事に終え、カフェでの反省会を済ませたのち、劇場を借り上げての打ち上げの席で団員達がヴァルトブルク様を胴上げして、私達はそれを見ながら買ってきたお酒とオツマミで飲んだ。


 その席で右手にアンナ、左手にアグネス様という両手に花の状態な私と、明日も私同様仕事なホーエンベルク様が、フェルディナンド様のお酌を避ける様子を見て笑っていたときのこと。


『お姫様は元気だよー。いまは四月の社交シーズンに向けて仕上げに取りかかってるけどさ、気迫が凄いんだよね。ベルタ先生に成長した姿を見せるんだって意気込んでる。それにもっと言うなら、もう少し早くこっちに出てこられる可能性もあるけど。聞きたい?』


 王都に三日ほど滞在するからと、強いお酒ばかり嗜んですでにできあがったフェルディナンド様のその発言で、突然それまでのほろ酔い気分から一転、雷に貫かれたように素面に戻った。


 四月の社交界シーズン前にこちらに出てくる可能性。そんな中途半端な時期に思い当たるイベントなんて一つしかない。ここに来て教え子のルートが消えたわけではなく、潜伏していただけ疑惑が持ち上がった。


 時期は三月の一週目。イベントは【第一王子の誕生式典】で、内容は婚約者候補として目をつけられるというもの。


 何度目かのプレイ中に踏んだときは、これが正式なハッピーエンドの分岐だと信じて疑わなかった。だって王子様だもの。乙女ゲームはやったことがなかったものの、王子様といえば絵本でだって安心安全の鉄板キャラクターだ。ただし、人魚姫の王子は除外とする。


 ――が、結果は何度も通ったバッドエンドルートのうちの一本。


 モラハラでパワハラなモンスターと化した第一王子が、あの手この手で教え子を虐げ倒して死に追いやる。私に会いたさに努力してくれる健気可愛い教え子をだ。


 しかしこれもだいぶ時期が早まっているのは、もう神の意思(シナリオ強制力)としか表現しようがないのではないだろうか? とんだ邪神(製作者)がいたものだ。


 でもあの楽しそうなフェルディナンド様の言葉を遮って、絶対聞きたくないとは言えなかった。


『コーゼル侯爵がお姫様がいないときに教えてくれたんだけど、第一王子の誕生日に招待される可能性があるんだってさー。で、それがベルタ先生を紹介したかららしいんだよ。本当にいけ好かない人だよね。絶対死ぬときは地獄行きだ』


 ほろ酔い気分っぽかったというのにとてもいい笑顔で悪態をついていた彼も、絶対にあの侯爵に思うところがあるに違いない。本来自由人で一処に縛られるのも、身分に縛られるのも嫌いな人なのだ。


 それを階級を笠に着てあれこれと指図されるのは、前世のブラック塾の縦社会に慣れきった私には想像できないくらい屈辱的だと思う。


 ――と、そんなことを考えていたら……。


「砂時間! もうこの授業分は終わってるぞ! 何をボーッとしているんだ!」


 机を叩く大きな音と同時にそう吠えた彼の手には、何度も斜線を引いたあとの残る問題集。慌てて言葉の真偽を確かめようと時計を見れば、確かにすでにこの授業の持ち時間は終わっている。何という体たらくだ。


「申し訳ありません。すぐに採点を済ませますので少々お待ち下さい」


 問題集を不機嫌顔の彼の前から引き寄せて、赤いインクに浸したペンを構える。ザッといつも彼が間違える公式を重点的にさらっていくが――。


「あら、まぁ……間違いが見当たりませんね。これまで四度躓かれていたところもできています。素晴らしいですわ、マキシム様」


「何っ、ほん……と、当然だ」


「笑いませんので、もっと素直にお喜びになられてもよろしいのでは?」


「……うるさい」


「左様ですか。それでは私からとっておき(・・・・・)の印を描かせて頂きます」


 難しいお年頃の彼にそう言ってから、久しぶりにあの(・・)特別な丸を示す赤い花を頁いっぱいに描いた。途端にその表情が低学年の子供のような無邪気な輝きを放つ。どうしてこのまま成長できなかったのか。


 あ、でも待てよ。このまま成長したところで、ツンデレ俺様気質になる未来しかないなと思い止まる。あれは相手にマゾっ気がないと非常に辛そうだし……やっぱりどのみち矯正するしかないのか。

 

 満更でもなさそうに問題集の頁を眺める推定暴君に「休憩行きましょうか」と言えば、彼は生意気にも「グルグルバットは嫌だぞ」と、一時テレビでお笑い芸人達の三半規管を狂わせた、かのゲームを拒否した。


 あれをやった後に走らせて中庭に人形のアートを作るのが楽しいのに。私は適度に速度を調整している。全力で回る彼がお馬鹿さんなのだ。


「明日には新しい遊びをご提供しますので、今日はグルグルバットにしましょう。それとも最後まで私の走行距離を抜けないままお止めになられますか?」


 こちらの安い挑発に「馬鹿にするな! 今日はわたしが勝つ!」と意気込むその姿に、いっそ憐れを催す。それに心配しすぎていい結果を残せるわけでもない。ここはプレイ中にはあまり使わなかったコマンド【様子を見る】に一票と判断し、マキシム様と図書室を出た矢先――。


「おお、マキシム様、ここにおられましたか」


 そう見知らぬ身形のいいナイスミドルに呼び止められた彼が、形容しがたい表情になって動きを止めた。

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