*9* 情報は千金の価値あり。
ホーエンベルク様の手を借りて劇場に近付くにつれ、段々と人の気配が濃くなっていく。そのことにさっきまでの気恥ずかしい気持ちが高揚感となり、同時に緊張感へと繋がった。
するとそれが掴んだ腕越しに伝わってしまったのか、ホーエンベルク様がこちらを見下ろしてフッと表情を和らげる。
「そう言えば今回はヴァルトブルク殿の書き下ろした脚本だと言っていたな」
「はい。私もまだ脚本を読ませて頂いたことがないものですから、内容を知るのは本当に今日が初めてで」
城内勤務中にも時間の都合がつけば、図書室での遊戯盤に参加してくれる彼だが、この件に関してはどれだけ探りを入れても『と、当日までは、秘密です』と言葉を濁すだけだった。
もしや私が彼の作品に口を出すとでも思われたのかとショックだったので、それ以上は突っ込まなかったのだ。そもそも彼はアンナとの仲は良好であっても、私との仲は未だに未知数。妹の婚約者候補に入るかもしれない人物に嫌われるのは避けたい。
「そうか、それなら今回は話の筋書きを知らないもの同士の会話ができるな。前回の公演は、貴方とアンナ嬢とヴァルトブルク殿の掌で踊らされっぱなしだったから楽しみだ」
「まぁ……掌で踊らされたのですか?」
「ああ。悔しいことに最後までな。今日は連れ出せなかったが、フランツ様も同じ気持ちだったのではないかと思う。それくらい刺さった」
どこまでが本気なのか、そうおどけるように言いながらトンと胸を人差し指で突く彼の動作に、思わず普通に笑ってしまった。
「心配しないでも、きっと今回も前回の演目と同じように大入りだ。それに今日は他に確認することもある」
――彼のその言葉には、それまでのような微笑みはなかった。
「俺もフランツ様の家庭教師に抜擢された当初は、わけの分からない嫌がらせや誹謗中傷を受けた。しかし貴方のように手紙を止められたことはない。単に俺が実家に手紙を送ることが少なかったこともあるだろうが、貴方の一件は奇妙だ」
まるで親しい人間との接点を奪うことで、徐々に逃げ場を潰していくような動きは不気味だった。細々としたものまで数えると、嫌がらせをしてくる相手の数が多すぎて犯人を特定できない。
仮に特定できたとしても、相手が本当にただ大した考えもなしにこの手紙を止める嫌がらせをしていて、私が神経を尖らせすぎているだけかもしれないのだ。おまけに城内にいる貴族の中では弱小もいいところなので、相手側の家格が高ければ揉み消されてしまう。
「考えすぎであることに賭けたいところですわね」
実に納得のいかない問題ではあるものの、前世も今世も派閥争いとはかくも熾烈なものである。
その後はホーエンベルク様の助けもあり、何とか転ぶことなく劇場前に辿り着くと、半券の確認をする団員達に混じって、輝くように美しい栗色の髪をした少女を見つけた。アンナだ。
こちらに背中を向けて話し込んでいた妹に、ヴァルトブルク様が私の存在を伝えてくれたらしい。髪が翻る勢いで振り返った妹はそのままこちらに駆け寄ろうとして、さっきの私の二の舞になることを察知したヴァルトブルク様に止められる。
代わりに私はホーエンベルク様の杖としての能力を信じ、急く心のままに妹の元へと足を踏み出した。
「お姉さま……!!」
「アンナ……!!」
団員とお客のいる前で生き別れていた姉妹の如く固く抱き合い、互いの無事を喜び合った。
傍目から見たらさぞかし奇異に映っていることだろうと思っていたら、ポソポソと『次回作の広告かな?』『姉妹ものかぁ』などという声が聞こえてくる。それを拾ったのか、ヴァルトブルク様が“その手があったか”みたいな顔をしていたけれど、敢えて触れまい。
「良かった……やっぱり新聞は見張られていなかったのね。ごめんなさいアンナ。私やお父様からの手紙が届かなくて心配だったでしょう?」
しっかり顔を見るために身体を離してそのバラ色の頬を両手で挟むと、アンナはフニャッと表情を緩めて泣き笑いのような微笑みを浮かべた。
「ええ。でもお姉さまがこうして元気ならもういいの。ヴァルトブルク様にそのお話について伺っていたところよ」
妹の言葉に、後ろに控えていたヴァルトブルク様が頷く。
「新聞広告の、記載は、公演の一ヶ月以上前から、決まっていたので。ベルタ様の、読み勝ちです」
「この分だとアグネス嬢とエリオットも領地から出て来るだろう。案外もうこの辺に居るかもしれないぞ?」
ホーエンベルク様のそんな言葉に割と近くの人垣から「は~い」と。間延びした朗らかな声が聞こえた。




