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転生家庭教師のやり直し授業◆目指せ!教え子断罪回避◆  作者: ナユタ
◆第四章◆

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*6* 拝啓教え子様、先生は元気です。


 授業場所の図書室に入ってくるなり、お馬鹿さんの私を見る目が胡乱なものを見つめるそれに変わる。いつもの地味目なドレスではなく、上から下まで男性の衣装に身を包んだだけでこの視線。


 せっかく人が昨日苦労して、仕事終わりに一番小さい男性用のお仕着せを借りたというのに。


「今日は四日前の授業からお教えした部分の問題を纏めたものを、二枚ほど解いて頂きます。一枚につき一時間の持ち時間となっておりますので、ゆっくりと解いても最後まで辿りつけるかと思います。では始め」


 サボった翌日はやはり真面目に図書室に現れた第一王子にそう告げ、手許に置いた一回十五分の砂時計をひっくり返す。これを四回くり返すことで一時間。


 わけの分からない私の指示に露骨に顔を顰める彼を急かすために、コツコツと無言で机を叩いてさっさと始めるように促す。


『マキシム様の家庭教師は彼の厭うことは何一つさせなかった。それだけ聞けば良いことのように思えるかもしれないが、勉強中にマキシム様が机の上のものを叩き落として席を立っても片付けさせもせず、追いかけもしない。解けなかった問題は次回から出題せず、すでにできている問題ばかりを延々解かせていた』


 あの日ホーエンベルク様のお話を伺って四日が経った。


 その間も一日おきのサボりと授業のバランスは崩れず。唯一これまでと違いがあるとすれば、私が彼のサボりに使う室内鍛練場と騎士の詰所、朝食用と昼食用の厨房にお邪魔したくらいだろう。


 不思議と向かう先々で彼の暴言は聞かれず、むしろ騎士や料理人達に混じって良く笑う人当たりのいい王子様だった。


 いま目の前にいる彼は見る陰もなくこちらを威嚇しているが。それでも渋々といった様子で用意しておいた問題用紙を睨みつけ、その歳の割に荒れて節くれだった手でペンを取った。


 今回のこれで理解しておきたいことの何割かは埋められると思う。


 ホーエンベルク様からもらった情報に感謝しながら、注意深くルド……もとい、フランツ様と似た顔立ちをした少年の動向を見つめる。


 最初の十五分。

 ペンはあまり止まらずに問題を解いていく。

 ここで一度砂時計をひっくり返す。


 加算された十五分。

 ペンは時々迷いを見せるものの、まだ止まる様子はなく問題を解いていく。

 けれど砂が三分の一になった頃に、机の下で小さく膝を揺すっている気配。

 ここでもう一度砂時計をひっくり返す。


 さらに加算された十五分。

 ペンは明らかに動きを鈍らせ始め、本人も苛立ちを隠そうとしなくなる。

 膝の振動が上半身にまで伝わり、小刻みに揺れて問題用紙を歪ませた。

 残す問題はあと僅かなのに、視線は問題の上を滑るばかりだ。

 ここでさらにもう一度砂時計をひっくり返す。


 最後の十五分。

 ペン先のインクが問題に垂れて染みを作り、慌てて擦ったせいで破れた。 

 こうなってくるともう問題を読むどころではなくなり、表情が焦りに歪む。

 前半の問題の正解率が嘘のように珍回答が増えていく。

 これでこの実験は終わりだ。


 一応問題用紙を彼の手から受け取って採点をしていくけれど、知りたいことは正答率ではない。


 私が知りたかったのは、この世界に類似する言葉のない彼の症状。短い時間しか集中力が持たず、一定の時間を越えると落ち着きがなくなり苛つき始めるそれは、前世の塾の生徒でも見たことがあった。


「はい、大体分かりました。ですのでいまから三十分は休憩にしましょう。マキシム様用に用意して頂いた防寒着がありますので、そちらを羽織って下さい」


「……は?」


「窓から見えたのですが、あそこは誰も歩いていないみたいで足跡一つない新雪でしたよ。外に出て足跡をつけに行きましょう。適度な運動は脳の活性化に繋がりますから」


「……はあ?」


「ついでに雪玉投げでもして身体を動かしましょう。この砂時計を持っていきますので、三十分経ったらここに戻って来ます。ちなみに当然ですが移動時間は含まれません」


「おい、本当に何を言ってるんだお前。気でも触れたか?」


「そう難しいことは申しておりませんので、憎まれ口を叩く暇がおありでしたら早く準備を整えて下さいませ」


 私は専門家ではないから細かい診断はできないけれど、マキシム第一王子は恐らくだが、やや多動症の気がある。


 人によってその程度や行動は様々だが、彼の場合はそこから生まれる暴力衝動を自分でも無意識に武術に打ち込むことで、他者に衝動を向けないよう軽減させようとしていたのかもしれない。


 まるでコップに並々と注がれた水。彼のそれは何度もアウローラを死に追いやる【暴力性】であったわけだ。ただ何にせよ舐めてるのかコイツとは思う。人の可愛い教え子をサンドバッグ代わりにしてんじゃねぇぞ、と。だって人間だもの。


 前世でもなかなか理解されにくい症例ではあったものの、近年は浪漫を食べて生きる歴史学者達のおかげで、この特性を持つ歴史上の英雄は多いという研究結果も増えてきていた。有名なところでいうと、織田信長がそうであったのではないかと言われている。


 彼の前任者達は皆この症状の理解を早期に諦め、耳当たりの良い言葉で褒めそやすことで難を逃れようとしたか、或いは“第一王子の家庭教師”の肩書きを持ち続けることで、自分達の発言力を失わせまいとしたのかもしれない。


 ――が、そんなことはこっちの知ったことか。


「あらあら、どこに向かって投げてるんですか? 当てる気あります?」


「お前と違って冬場にこんなことをしたことがないんだよ! 何で雪の上でそんなに動けるんだ!?」


「うふふふ、田舎者ですので。都会育ちのマキシム様にはちょーっと難しいかもしれませんわ……ねっ!」


「はっ、お前こそどこに向かって投――……うわぁ!?」


 大暴投に見せかけた雪玉が第一王子の隠れていた木の枝にヒット。枝をたわませるほど積もっていた雪は、得意気な顔になっていた彼を埋めた。


 年末にあった夜会を無事に切り抜けられたかという手紙を出したのに、まったく返事をくれない教え子。フェルディナンド様とアグネス様にも宛てたのに梨の礫。この望まない地獄に放り込まれた私の内に沸き上がる暴力衝動の露となれ小僧。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 遊びに見せかけた気晴らし(笑) たまにはね(^_-)-☆
[一言] やはり先生の観察力と対応力はすごいな…………あ? やられました。最後の一文にやられました(笑) あと昨日の「ふ……今日もまたつまらぬ論破をしてしまった。」にももちろん心を射抜かれました(*´…
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