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転生家庭教師のやり直し授業◆目指せ!教え子断罪回避◆  作者: ナユタ
◆第四章◆

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*5* 問題児と私。


 貴重な文献がひしめく城内の図書室の中、明かり取り用に設けられた窓から薄く射した陽光の中を、普段肉眼では見えないような細かな埃が舞う。一瞬ただの塵芥が美しく見え、教材を探す手が止まった。


 荒んだ心に静寂はこの上ない宝である――が。廊下からバタバタと騒がしい足音が聞こえてきたことで、それも終わりを告げる頃だと諦めて手にした本を抱えたまま梯子を降りる。


「お前……いい加減に探しに来ないか! わたしの家庭教師なのだろう!?」


 すると案の定その直後にドアが乱暴に開かれ、鍛練場から着替えずに直行してきたのだろう、埃っぽい服装のお馬鹿さんが乱入と共にお粗末な第一声を放つ。静寂を守るために足音を吸い込むための絨毯も、こうなると形無しすぎて笑えてくるというものだ。


「あら、初日の言葉をお忘れでしょうかマキシム様。私は教わる気のない生徒にものを教えるほど暇ではありません。ですので、せっかく王城内にある貴重な文献を納めた図書室があるのですから、自身の指導力向上に役立てようかと」


「それは聞いたが……職務怠慢すぎるぞ」


「私が職務怠慢なのではありません。マキシム様が学業怠慢なのです」


「お前、雇われている自覚はないのか?」


「少なくとも国民の税で雇われている自覚はあります。しかしそれを私のような子爵階級の家庭教師が、王家の方に説明するなど烏滸がましいというもの。何より二日に一度授業から逃げる生徒を探し回るには、この建物は広すぎますわ」


 言い返す隙を一切与えない長文の煽りに、第一王子はその顔を真っ赤にして言葉を失う。ふ……今日もまたつまらぬ論破をしてしまった。


 そして毎度のことながら捨て台詞を思い付かないのか、入ってきたときよりも乱暴な足取りで図書室を出て行く。その怒れる背中を見送りながら、そろそろ仕掛ける頃合いかと思案する。


 これでも一応家庭教師という職務を忘れているわけではない。たとえとんでもなく憎い小僧であっても、税金で雇われ教育者という肩書きを持つからには、それ相応の仕事を果たす義務がある。


 彼の精神年齢は十四歳という年齢の割に少し幼い。しかし本人は不思議なことに、そのことに気付いていないわけでもなさそうなのだ。なのに、感情の爆発を我慢できない。それは何故か?


 そこが微妙に心の中で引っかかっている。もしも初めて逢ったときのアウローラのように、どこかにそうなった理由があるのかもしれない。持論ではあるが、教育者に必要なのは指導力の前に観察力だと思っている。


 理解しないと教えられない。

 教えられないのは理解が足りていないからだ――……と。


 大きな音を立てて閉ざされたドアが開いて、マキシム様と入れ替わるように、遊戯盤を抱えたホーエンベルク様とフランツ様がやって来た。そこで二人に目配せをして、心持ち大きな声で「まぁ、お二人ともいらっしゃいませ。お待ちしておりましたわ!」と言ってみる。


 たぶんあの王子のことだ。廊下の角辺りで聞き耳を立てている頃だろう。私の内心をうっすら察している二人は、苦笑しながらもこの茶番にかれこれ一ヶ月付き合ってくれている。


 二人の方を向いたまま唇に人差し指を当て、耳を澄ませること数秒。壁を蹴る鈍い音が響いてきた。やんちゃなことである。


「いま出ていったのは……兄上ですか」


「足音の大きさと壁の音からして、また壮絶に腹を立てていらしたようだが」


「城内を騒がしくして申し訳ありません。少々気になることがありまして。暫くは大目に見て下さると嬉しいですわ」


 廊下の方とこちらに交互に視線をやる二人に肩をすくめ、軽口を叩いて誤魔化すと、それを見たホーエンベルク様が苦笑を深める。


「何か考えがあってのことなら構わない。貴方の訊きたいことで俺の答えられる範囲であれば教えよう」


「私にも答えられることがあれば良かったのですが……血を分けた兄弟なのに、兄のことはほとんど知らなくて。お役に立てずすみません」


「どこの家庭でも兄弟、姉妹で分からないことなんて山程ありますわ。フランツ様が特別お兄様を知らないということはありません」


 真面目なフランツ様が落ち込む姿を見ていられなかったのと、実際世間的に考えれば割と普通なことなのでそう慰めれば、彼は年頃の少年らしく笑った。


 この二人とヴァルトブルク様を除けば、ここで会う人達は新参者の私に対して冷たい。昼食やお茶もマキシム様と一緒でなければ出さないつもりなのか、持参しなかった最初の二日は空腹と喉の渇きで早々に屋敷に帰った。


 そんな私の異変に気付いた父がホーエンベルク様に見張りを頼んでくれたおかげで、一人のときでも冷めたお茶を出してもらえるまでになったけれど、食事は未だに持参である。


 孤立すればするほど教え子とフェルディナンド様との日々を思い出すのは、教鞭を握った立場としては情けなかった。


 もう手紙を十通ほど送ったにもかかわらず、返事は一通も返ってこない。ホーエンベルク様に出して頂いても結果は同じだった。あの侯爵が本当のことを伝えているとは思えないことから、突然約束を破っていなくなってしまったことを怒っているのかもしれない。

 

 それは仕方がないとして、意外なことにマキシム様はいざ教えてみると、そこまで飲み込みが悪い生徒ではなかった。


 確かに二日に一度授業をサボり、出しておいた課題の回答が全部間違っていたりはする。でも一応は全ての問題を解こうと書き込まれてはいるのだ。そこから察するに、彼は根っから不真面目なわけではないのだろう。


 とてもチグハグな印象を受ける少年。それがこの一ヶ月間に渡って観察した第一王子の人物像だった。


「私もそろそろ打ち解けたいのですが、ご存じのように嫌われておりまして。以前の家庭教師の方とは余程良好な間柄だったのでしょうね?」


 などと曖昧にぼかして言ってはみるものの、実際は前任者を呼び戻すのは止めておいた方が懸命だと感じている。それというのも、彼の態度には初対面のときから家庭教師に対する怒りと不信感があった。


 きちんと授業をしていたかどうか怪しい。この場合はマキシム様がというよりは、相手の家庭教師の側がという意味だ。


 するとこちらが含む疑問点に気付いたらしいホーエンベルク様が、テーブルの上に遊戯盤を広げながら何やら苦い表情を作った。


「ホーエンベルク様、同僚の方のことを疑うのは心苦しいかとは思われますが、何か思い当たる節があるのでしたらどんな小さなことでも構いません。お聞かせ頂けませんか?」


 心置きなく奴を追いかけて躾ねば。私の教え子の未来のためにも!

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