*4* 拐われて王都、ここで会ったか百年目。
身なりのキチンとした人攫いに馬車に押し込められて、教え子に伝言もできないままコーゼル領を出立してから二日後。私は一人王城の中にある図書室のような場所にいた。
煌びやかな柱時計を見やれば、昼過ぎに王城に到着し、馬車を護衛してきた人達の中で一番偉そうな人にここで待つように言われてから、すでに一時間半ほど放置されている。
あからさまな招かれざる客の扱いを拐って来た人間にするとは……傍迷惑を通り越して無礼だ。
図書室という空間で暇を持て余すことがないのがせめてもの救いか。待っている間に本に触るなとは言われていないので、棚から興味のあるものを見繕って机に積み上げ、読書をしながら時間を潰す。
時々私がこの部屋から抜け出していないか城のメイドが覗きにくるが、城勤めとなれば子爵家どころか伯爵家のお嬢さんもいる。身形が地味な私を一瞥したその表情に嘲りの色が浮かんでいるのを見て、思わず“そんなに暇ならさっさと誰か呼んで来い”と言いそうになった。
そもそもこっちは冬の最中二日間も馬車で移動して来たのだ。正直眠気すら感じる。これ以上待っても誰も来ないなら、この図書室を出てまともそうな人に伝言を頼んで王都の屋敷に戻ろうと考え始めた――……そのとき。
廊下から城内で耳にするには相応しくない、バタバタと騒がしい足音が聞こえてきた。それはどんどんと近付いて来て、図書室のドアの前で止まる。
足音からしてメイドではないだろうと踏んでいたら、勢い良く重い両開きのドアが開かれ、見覚えのある配色の少年が飛び込んできた。
出たな……マキシム・ニコラウス・ジスクタシア。将来的にはとんでもないクズに成長する男も、現時点では流石にルドの兄というだけあって、類似箇所の多い整った顔立ちだ。
奴は一瞬だけこちらを見たもののすぐにフイッと視線を外し、誰かを探すように周囲をキョロキョロと見回す。私はまだ第一王子の顔を知らないふりをして、声をかけられるまでは放っておこうと観察を始める。
深みのある金髪に、闊達そうなトルマリンの瞳を持っているのがコイツだけではないと、ルドの存在が明らかになったことで初めて知った。成長しきると全然見目が変わるけれど、全体的に彼をややワイルドにした雰囲気である。
何というかテストの点数が毎回赤点で、顧問の先生に“次のテストで赤点取ったら、しばらく試合に出さんからな”とか言われるバスケ部男子っぽい。前世の塾では割と聞く話だったな――と。
「新しい家庭教師が来ていると言われたのだが、そこのメイド。お前、ここでそれらしい人物を見ていないか?」
「さぁ……私は朝勤め先に向かおうとしたところを拐われたので、ほとんど何のお話も伺っておりません。ここで誰をお待ちすればいいのか分からないまま、かれこれ一時間半ほど過ごしておりました」
メイド呼ばわりされたことが腹立たしかったわけではないものの、手にしていた本を閉じて暗に非難してみる。すると奴は初めて私に対して興味を持った風に向き直り、上から下まで値踏みするように見つめた。
「……次の家庭教師はまさかとは思うが、お前か?」
「私をここへ連れて来られた方々の気の迷いでなければ、恐らくは」
「だがお前は女ではないか」
間髪を入れずに返してきたその言葉に、前世も決して浸透していたわけではないにしろ、根本的に男女平等という認識がない世界に転生したのだなと、改めて妙な感動を覚える。
今の発言を前世でしようものなら、ニュースや新聞で三週間は引っ張られるに違いない。ここが魔法の使える世界で、もしも私に転移の魔法が使えたら、すぐにもあっちの世界に送ってやりたいくらいだ。
「ええ、仰るように私は女です。しかしそれが家庭教師をする上で何か弱味になるのでしょうか?」
「女にそこまでの学は必要ないだろう?」
ああ、その台詞画面で見たことがあるわ。確か学力をカンスト間際まで上げたとき、アウローラに向かって憎々しげに言ってくれたよね。あのあと一時的に教え子の教育コマンドからしばらく学力を選べなくなった。
「成程。男は強く賢く、女はか弱くて馬鹿であれと」
「べ、別にそこまでは言っていない」
「仰ったも同然ですが……深く考えてのことではないでしょうから、このお話はここまでに致しましょう。それよりも新しい家庭教師が来ていると告げられたのに、いらっしゃるのが遅かったことの方が気になります。家庭教師であればいくら待たせておいても平気だと?」
今度は分かりやすく二重の意味で非難する。一つはそのまま“馬鹿なのね”と。もう一つは“傲慢な奴だ”と。
いくら脳筋でも言葉の端々から私の発する多少の毒気が分かったのか、みるみるうちに表情を険しくさせていく。前世パソコン画面越しに見たコイツの成長した面影と一瞬重なる。
その顔を見て思い出すのは毎回死に至るアウローラ。可愛い私の教え子。彼女は私という味方を突然失って、今頃泣いているだろうか。
――というか、本当なら出会い頭に顔面に拳……は、私が痛いから、お高い鼻っ柱に鼻血が出る勢いで肘鉄かましてやりたいくらい鬱憤が溜まっている。
「私は勉強をしたくないという生徒に無理強いすることはありませんが、単純に不真面目なだけの生徒は苦手です。時間は有限なものですから」
読みかけの本を片手に近付き、視線一つ分低いトルマリンの瞳を正面から見つめる。カーテシーはしない。だって私達はまだお互いに名乗ってすらいない。私は彼の正体を知らないのだから。
「貴男はどちらでしょうね?」
使い慣れた微笑みを張り付けたこちらの問いかけに、まだ教え子を知らない宿敵は、気圧されつつも持ち前の我の強さを発揮して、挑むように私を睨んだ。




