*2* 分岐点……消失してる?
アグネスの助力を求めて渋るマリアンナ嬢を宥め透かし、侯爵夫妻に当たり障りのない挨拶をした後に向かった四阿には、先に到着して周囲を警戒するホーエンベルク様の姿があった。
彼の姿を捉えたアグネス様が、急に『逢引のお邪魔はできませんわ~』とか言い出したときには驚いたものの、冗談は聞き流すタイプの彼のおかげでささっと着席を求められ、ようやく内緒話が始まったのだけれど――。
「まあぁ、ではベルタ様が第一王子の家庭教師に抜擢されたんですの? 貴族女性では初の快挙ですわね~!」
「アグネス様、もう少し声の大きさを抑えて下さい」
「まだ正式な通達があったわけではない。現状ではそういう声が一部の高位文官から上がっているというだけだ。いまはまだエステルハージ殿がのらりくらりと躱しているが……恐らく年末までには通るだろうな」
会場のあるバラ園から奥まった場所にあるとはいえ会話の内容が内容だ。そしてむしろこの場で一番大声を出していいのは私しかおるまい。いつの間にどこからそんなふざけた案件が飛び出してきたんだ?
手紙にはそんなことは一言も書かれていなかった。私に心配をかけないように気遣ったのだろうけれど、そこは報連相してくれ父よ。しかし子煩悩の塊である父が押されているとなると、このままではルート分岐どころの騒ぎではない。
教え子と私を繋ぐ接点がなくなってしまうか、最悪第一王子の婚約者になり、人を信用しなくなった彼女のルートで再会という絶望的な状況に陥ってしまう。
「そんな……どうして子爵家の私に? 第一王子でしたら他にもっと家格の高い家庭教師がついていたはず。それにさっきのお話だと、第一王子はルドより二つ歳上ですよね? だったらすでに学園に入っている年齢ではありませんか」
つい荒げそうになる声を何とか低く絞り出すことで耐え、苛立ちの混ざった声音ではあるものの、感情的になることは避けた。けれど間違いなくどこかでルートが捻れていっている。予め予想していた嫌なことを遥かに上回る緊急事態。
このゲームはあくまでも【お嬢様の家庭教師】がコンセプト。どのルートを通ったとしても、主人公が他のキャラクターの家庭教師になることはあり得ない。それにしてもやっぱり祈っても無駄だったか。神様ちょっと職務怠慢すぎでは?
「前者については貴方がいままで積み上げてきた功績によるものが大きかった。高位文官達の中にも貴方が作った遊戯版の支援者は多い。ロイヤル版の試作品を試したことでさらに支持が集まってしまった」
あっ……思いのほか捻れが見つかるのは簡単だったわ。そこか。あれか。私は自ら進んで設定をねじ曲げる行動をとってしまったらしい。凄腕の販促様がいたからつい調子に乗りすぎた。神様ごめん。
「後者については非常に触れにくい話になるので俺からは何とも言えない。それに第一王子の家庭教師は王妃の一族だ。戦場で成り上がった俺が何かを言えるはずがないだろう」
「その方の指導者としての腕に問題があったせいで、学園の入学試験の点数が足りなかったんですね?」
「いや、だから……ああ、もう。どちらの名誉のためにもこれだけは言っておくが、一応足りてはいた」
「足りてはということは、ギリギリなのかしら~?」
「ははぁ、成程。入学はできてもその後に本格的な授業を受けて、試験が始まったら馬脚が現れる程度の学力だと。確かに王族の長子がそれではお粗末ですね」
「ど、どうしたんだ、ベルタ嬢。今日は随分と言葉の選び方が過激だが」
――おっと、いけない。前世からの私怨がダダ漏れてしまった。ゲーム内で直接手を下されたわけではないアグネス様やマリアンナ嬢と違い、直接バンバン手を下しまくった第一王子だけは今世でも許せる気はしていない。
いまの教え子の学力と社交力なら、私がいなくなれば学園入学は確定事項だ。無能な第一王子の婚約者には勿体ない。でもあの侯爵なら娘を未来の王妃にとか言われたらあっさり差し出しそうだ。
「うふふふ、すみません。上に立つ者として以前に、国民の血税で育っているという自覚が足りないように思えましたもので」
「ベルタ様ったら正論のど真ん中を抉って参りますわね~」
「ここは二人を不敬だと諌めなければならない場面なのだろうが……まったくの正論過ぎてぐうの音も出ないな」
「「恐縮です」」
国王が父親であるということに胡座をかいている奴なんて、将来ろくなもんにならない。というか、実際ろくなもんじゃなかった。どんだけ執拗に周到に私の教え子を殺したことか。
駄目だ。こんな状態だと顔面見ただけでぶん殴ってしまいそう。そんなことをしたら家が終わる。
「とにかく、私は現在アウローラ様の家庭教師です。他に生徒を受け持つつもりはありません。お話を頂いても丁重にお断りさせて頂きますわ」
「いいや、残念ながらことはそう簡単にはいかないだろうな。現に貴方の目の前にその一例がいる」
きっぱり言い切って話を打ち切ろうとしたのに回り込まれてしまった。
そう言われるだろうとは薄々思っていたけれど、実際にその犠牲に一番最初にあった人物の口から聞かされると、逃げ場がない事実を認めざるを得ない。
「ということはベルタ様の回避は絶望的で、お城でホーエンベルク様と同僚になってしまうということかしら~? でも、もしもそうならアウローラ様は――……」
空気を読まないアグネス様の容赦も慈悲もない発言に、ほんの僅かに前世のパソコン画面越しに憎いと思ったライバルの面影を見たわ。




