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転生家庭教師のやり直し授業◆目指せ!教え子断罪回避◆  作者: ナユタ
◆隙間編◆

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◑2◑ 僕の言葉で。


 彼女が王都から領地に戻って一ヶ月半が経ち、舞台の人気も徐々に落ち着きを見せ始めている。しかしこれは仕方がないことだった。


 王都には他にも当然多くの劇団があり、どこも脚本家や役者を大勢抱えているからだ。そんな劇団がゴロゴロといる王都では、新進気鋭と銘打って新聞で取り上げられたところで、半年もすれば人々の噂に上ることもなくなる。


 元々が単発上演を目指した【五国戦記】は一人を主人公に仕立てて書いたもので、他の四国のキャラクターの人物像までは考えていなかった。けれど一作目で思わぬ人気を博してしまった以上、当面はこの演目を上演し続け、次回作の構想を膨らませて行くしかない。


 初舞台が無事に終わった直後からそんな不安に苛まれていた僕に、彼女は華やかな笑みを浮かべて。


『次の一作は貴男の作品ね。ほら、見る目のない審査員に落とされたやつがあったでしょう? 前に手紙であの作品のことを聞いてから、ずっと舞台で観てみたいと思っていたの。だから新聞で結果発表を見たときに凄く腹が立ったのよ』


 華々しい作品の数々に埋もれ選考の講評すらつかなかった僕の作品を指して、最終選考に残った作品名とその傾向までつらつらと考察してくれた。彼女いわく僕の作品には目立った華がないとのことで、けれどそこが好きだとも。


『領地の皆にあの脚本で舞台をしてもらえたらとても嬉しいわ。脚本はまだ捨ててないのでしょう? だったらすぐに稽古の準備をしないと。その間にわたしも五国戦記の続きを考える。ね、楽しみになってきたと思わない?』


 ――と。憧れの人物にそうまで言われては、流石の僕でもやる気にならないわけがない。わけがないの、だけど……。


 生き物は息をしないと死ぬ。そんなことは分かっているのに、中途半端に折り曲げた身体はそれ以上動かず、喉の奥が狭まって呼吸ができない。額に汗が浮いて顔に血液が集中しているのが分かる。


 何でこんな苦しいことをしているんだろうと頭では思うのに、足を押さえられているせいで途中で投げ出すこともできない。地獄だ。


「ヨーゼフ様、あと十回です。頑張って下さい!」


「大丈夫ですよ、前より床から背中が離れるようになってますから!」


「下腹を意識して、そのままぐーっと……そうそう、できてます」


 仕事の非番の日は体力作り中の劇団員達に混じった。すでに自身の目標回数を達成した彼や彼女等が、陸で干からびかけたカエルのようになっている僕を口々に励ましてくれる。ちなみに彼等のこなす回数は当然もっと多い。


 ――が、元の体力と体重が違うせいでこれでも充分すぎだった。普段ほとんど運動らしい運動などしない肉体に、たとえ五十回程度でも腹筋は辛すぎる。

 

 このあとに腕立て伏せが三十回と走り込みがあることを考えれば、意識を手放したくなった。


「「「ごー、ろーく、なーな、はーち……」」」


 けれど周囲からそう声をかけられると、まだギリギリ自分の中に残っている意地のおかげで乗り切れた。その後は小休止を挟みつつ何とか全てをこなしきり、ようやく舞台の練習に入る。


 各々が台本を手にして相手を探し、二人か三人一組で台詞の練習をするのだけど、台詞の読み合わせ練習をしようにも手の空いている役者がいない。


 若手だけで構成された劇団では上演できるものの年齢幅が狭すぎる。いまの舞台も何人かは衣装と化粧を変えて一人二役の人がいるくらいだ。だから――。


「台本の読み合わせ練習に付き合ってもらって、本当に助かります。ヨーゼフ様のおかげで皆も練習の時間が増えたって喜んでるんですよ。おまけに新しい団員の面接までしてもらっちゃって……お城の仕事もあるんですから、疲れてるときは“無理!”って言って下さいね」


 要は消去法の一種であり、その弱点に気付いた彼女が僕に手紙を寄越してくれたから、こうしてらしくもない無謀なことをやっているのだ。


 不思議なことに台本の台詞であれば、僕もつかえずに話すことができた。それは恐らくそこに書かれた登場人物達が、僕という人格と乖離しすぎているからだ。やってみると結構次の作品の構想も練りやすくなってちょうどいい。


「あ、うん……いや、平気、だよ。僕は、アンナ嬢とベルタ様に、君達のことを頼むと、言われているから。それに、ここにはまだ、役者が少ないし。駆け出しの劇団の面接官がこれだと、役者も舞台も、安く見られてしまう。多少キツくても、僕ができることなら、やりたい」


 グッと前のめりにそう力説されて思わず少し身を引いてしまったのに、彼は気を悪くした様子もなく「あ、距離近かったですかね?」と後ろに身を引き、屈託なく笑う。ここの劇団にいる団員達は皆こういう性質だ。


 それが彼女達姉妹を育てたエステルハージ領の気風なのかもしれない。


「そんな風に思って下さってありがとうございます。俺たち貴族様ってベルタ様やアンナ様や領主様しか知らないから怖かったんですけど、劇団の共同責任者がヨーゼフ様で良かった。次の公演も皆と頑張って成功させましょうね。そうだ、せっかくならヨーゼフ様も一緒に舞台に立ちましょうよ!」


 一際大きな声でそう言った彼の言葉に気付いた団員達から、波紋が広がるように「それ良いねー!」「脚本家兼役者とか話題性の塊」「よし、もう少し体重絞りますか」「面白そうッス」「身長活かした役にしないとな」と、無責任で楽天的な言葉が連なっていく。


 いつも嘲笑含みの話題にしか上らなかった自分の名前が、好意的な笑い声の中に紛れて弾ける。ただ皆の好意は嬉しいものの、この笑いが収まったら舞台の出演は絶対に断わろうと真剣に思った。

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