★20★ ああ、無情だな。
あの裏通りに面した小さな劇場での初公演から二週間。
エリオットが呼んだ記者の書いた小さな記事のおかげで、エステルハージ姉妹は一躍社交界で注目を集め、舞台は初演の翌日から貴族や平民の垣根を問わず満員御礼。全部で六十席しかない小劇場ではあれど、無名の劇団が王都で初上演したにしては上々の滑り出しだろう。
しかし俺にしてみれば、あの日は出逢ってから初めて彼女の信頼を得られた日だ。彼女が掌中の珠の如く隠し、慈しんできた教え子の姿を明かしてくれた。
蓋を開けてみればその正体は以前から知っていた侯爵家の娘だったが、以前は人見知りだった彼女が、最近急に人が変わったように社交的になったと評判になり始めていたのも合点がいった。
アンナ嬢はあの日から劇団の営業のために茶会や社交場を飛び回り、ヴァルトブルク殿は文官業務の傍ら、新しいシナリオの執筆に精を出している。
アグネス嬢とマリアンナ嬢は茶会でエリオットの一族が手がけるドレスの広告塔を。俺達はといえば僅かな時間を見つけては、お忍びでフランツ様とアウローラ嬢を交えて遊戯盤で交流していた。
アウローラ嬢は引っ込み思案だという印象が強かったのだが、意外と遊戯盤での戦略や政策を見るに、フランツ様とは馬が合うように思えた。要するに現実的で手堅い。師が彼女であるのだから当然と言えば当然ではあるものの、教えを吸収して活かすというのは才能だ。
第二王子という立場のフランツ様との家格的にも釣り合いが取れる。ただそれ故の問題が一つあった。それが――。
「明日がついにベルタさん達に本当のことを話す今年最後の機会ですね、先生」
「……明日こそは俺から彼女にフランツ様の出自を明かさないと不味いだろうな」
目の前で黒から白に裏返される駒を眺めていたものの、ほぼ同時に零れた言葉に視線を上げれば、珍しく眉根を下げた教え子の顔があった。
あの日以来ヴァルトブルク殿やエステルハージ殿が多忙になり、城内で集まりにくくなった。休憩時間はこうして以前のように二人で白黒の遊戯盤を挟むも、どうにも気が入らないせいかこうした表情をよく見る。
年相応の子供らしい表情ではあるが、あまり連日見ていると表情が豊かになったことへの安心よりも、心配が勝ってくるものだ。
「もし明日私が正体を明かしたところで、これまでも薄々警戒していた彼女が取り乱すとも思えませんが……騙されていたことが分かっても、ベルタさんはこれまでのように接してくれるでしょうか?」
「そうだな……」
不安げに駒を弄る教え子に軽々しく大丈夫だというのも憚られ、言葉を探しつつ駒を裏返していく。とはいえ脳裏に浮かんだのは、先日城内を移動中に出くわしたエステルハージ殿の言葉だった。
『君なら知っているとは思うが、私は中立派なんだ。くれぐれも長女を下らない派閥争いに巻き込んだりしてくれるな――と、まぁ、それらしいことは言ってみたが。要するに私はさっさとベルタに君達の嘘が露呈してこっぴどく叱られるところが見たい。以上』
仮にも第二王子付の家庭教師に対して、彼のあの忖度をしようという気の一切ない発言は清々しい。
そしてその言葉が純粋に娘可愛さからくるものだと分かる分、胃が痛む。あれはもしもこちらが身分を偽り続けるつもりなら、父親として彼女に告げるという牽制でもあるのだろう。
そんなことを考えつつ白い駒を黒に転じさせていたら、思わず深い溜息が零れて。それがどんな言葉より雄弁に語ってしまったらしいと気付いたのは、盤上から視線を上げた先で見た、眉根の下がった教え子のせいだろう。




