*18* 上演中はお静かに?
マリアンナ嬢の告白を聞いてから十五分ほど外で時間を潰し、再び上演中の劇場内にそっと戻れば、そこではちょうど主人公の独白シーンの真っ最中だった。あの子は領内で一番最初にスカウトした最古参だ。
こちらに出てきてからは下積みをしていたと聞いているけれど、大半は下積みとは名ばかりの雑用係だったらしく、今回が王都に来てから初めての役者業。
他の子達も似たような扱いだったそうで、貴族の後ろ楯があるとはいえ、田舎の子爵領出身者には狭き門なのだと実感する。それでも腐らず彼等、彼女等は、この話が持ち上がるまで私の元に弱音を吐きに来ることもなく、堪えてくれていた。
だからこそマリアンナ嬢を連れ出したわけだが……今回の舞台が終わったら、私と妹の稼いだお金で小さな劇団として旗揚げさせようと思っている。これを田舎貴族のエゴだと嗤う輩は無視。領民の信頼に応えるのは領主家の義務だ。
席に戻るために暗い劇場内をコソコソとマリアンナ嬢の手を握って移動していたら、舞台上の彼とバッチリ目が合ってしまった。
上演中に席を立っていたことに気付かれたことに気まずい気持ちでいると、彼は心持ちこちらに身体を向け直し、何事もない風に独白シーンを続ける。
「“僕は常に自分の実力を認めない父に苛立ち、父の息子であるというだけで彼と比べる周囲に憤っていた。いつかこの国に僕自身を認めさせてやる。父の影など誰も思い出せぬようにと……そう思っていた”」
彼の瞳が私を捉え、私も彼を見上げたまま一つ深く頷いた。領地の皆で作った舞台の上で照れ笑いを浮かべていた彼の成長が喜ばしい。
「“けれど戦禍が広がり逃げ惑う民衆や、略奪を働く自国の兵士の話を聞くたび、自分は父に実力を認めて欲しいがために、この地獄のような惨劇を望んでいたのかと気付いて――……その浅ましさに怖気が走る”」
両腕を広げていた彼が頭を抱え、台詞に合わせて肩を抱いて視線を下げると、観客達の視線はかえって舞台上の演者をもっと良く見ようと上向く。そのおかげで、こちらに非難の眼差しを向けていた数名の観客の視線も前に釘付けとなった。
「“僕が望まなければならなかったのは、もうここにはない平和を長続きさせることだった。あれほど腰抜けだと内心で詰り、憎んだ……父のように”」
彼の独白に神経を集中させながらも、姿勢を低くして教え子達の待つ席を目指していたのだけれど、ふとすぐ近くから「ベルタ先生、こっちおいでよ」と声をかけられ、動きを止める。
周囲に視線を巡らせると、フェルディナンド様が私達の方に向かって手招いていた。けれど私がそちらに向かおうとすると、マリアンナ嬢は「あの人達のことはあまり知らないから、わたしは先生のところに戻るわ」と言い出し、繋いでいた手を離して元の席へと戻って行く。
内心で自由人だなーと思いつつ、仕方がないので単身でフェルディナンド様達、男性陣のいる席へと向かう。五人がけのベンチシートの端に座っていた彼は、私の座る場所を開けてくれようと身体をずらす。
軽く会釈をしてそこに腰かけると、フェルディナンド様が「隣の二人、見てみなよ」と小声で耳打ちしてきたので、彼の肩越しにそちらを見てみると――。
いつもは大人しく穏やかな表情をしているルドが、眉間に深い皺を刻んで食い入るように舞台上の彼を睨んでいた。より厳密にいうと、彼に引っ張られている。共感や同調の類にしても、ルドの年代の少年が浮かべる表情としては気にかかった。
そのさらに隣では、同じように深刻な表情をしているホーエンベルク様の姿が。ただどちらにしても、両者共に新たに加わった私の存在に気付いていない。苦笑する私に「熱中してて感想言い合える雰囲気じゃないんだよね」と、フェルディナンド様が笑う。
この感じだと彼は映画館で面白いシーンがあれば、隣の席の友人に話しかけるタイプに違いない。しかし私も彼と同じタイプの人種だ。
「フェルディナンド様から見て、今日の舞台はどうですか?」
「んー……そうだな、演技はまだまだ粗削りで固いけど、悪くないね。役を“演じる”よりも“憑かせる”感じがいい。狙っての効果じゃなくて、ただの自己投影かもしれないけど。無名ならではの勢いがあるよ」
「成程。では芸術方面に明るい貴男から見て、彼等が今後私と妹が出資したとして化ける可能性は?」
「え、何それ。今日の演者集めて劇団作るつもりなの?」
「はい。元より彼等は全員うちの領民なので。それで可能性はありますか?」
芸術面で信頼の持てる人物にタダで訊ねられる好機を逃すまいと、やや食い気味に訊ねたところ、彼はそれまでダラリとかけていた姿勢を正して、きちんと鑑賞する体勢になった。
一瞬で気のおけない友人から鋭い観察者の横顔になってしまった彼に、それ以上は言葉をかけられず……。
私は幕が降りる最後に彼等や彼女等に降り注ぐのが、拍手と喝采であればいいと祈ることしかできなかった。




