*15* 人生初・仮面舞踏会②
ガラスビーズこそつけていないものの、飄々とした声と特徴的な髪色ですぐに正体が知れるのも考えものだ。今夜の趣旨に一番そぐわないのは、言い出した側の彼だったらしい。
「今夜はお招き頂いてありがとうございます」
「最初に伺っていたよりもだいぶ人が多いですわね~?」
アグネス様と揃ってカーテシーをとれば、フェルディナンド様も胸に手を当てて応じてくれた。こういうところはちゃんと紳士らしくてギャップがある。
――が。
「それね。オレももっと少ないかと思ったんだけど。やっぱり話題の遊戯盤の発案者が紛れてるって噂が流れてたからかなー。出不精で普段は絶対にこういうところに出てこない一族の奴もいたよ」
見直した直後にこうやってわざわざやらかしてくれる。しかしゲームのときのように、ひどく気分屋で協調性がなかったりはしない。芸術家仲間ではない私達とも砕けた様子で話してくれるけど……それはそれだ。
「あら、何か聞き捨てならない発言が混じっていた気がしますわ」
「いやいや、誤解だ。噂を流したのはオレじゃない。でもま、製作するときのやる気とか、これから協力を仰いだり、出資したがる人間を増やすのにはちょうど良かったかもよ。七月の終わり頃には妹さんのお芝居もあるんでしょ?」
お小言モードに入ろうとした私の言葉をそんな風に軽くいなし、口許だけでヘラリと笑いながら、逆に「それよりさー、二人とも今夜何人くらいに声かけられた?」と話題を振ってきた。
いきなりの謎な問いかけに「はい?」と声を上げた私とは違い、隣にいたアグネス様が「それなんですの!」と、突然興奮気味な声を上げたので吃驚する。
「何故だか今夜はやたらとダンスに誘われるんです。いつもはほぼ壁の花でしたのに。きっとフェルディナンド様の助言に従って縦ロールを封印したのと、注文したこのドレスのおかげですわ~。仮面を脱げばすぐにいつも通りでしょうけれど、生まれて初めて舞踏会を満喫しておりますの~」
嬉しそうに両手を胸の前で組んだアグネス様は仮面をしているけれど、まるでデビュタントを終えたばかりの少女のように可愛らしい。ゲームの種類が違えばヒロインになれる素質がある逸材だ。
この世界の男はいったいどこに目をつけているのだろうか。妹の想像力を分けてやりたい。するとそんなアグネス様の言葉を聞いたフェルディナンド様は、一瞬考える素振りを見せた後、再び口を開いた。
「うちの一族は才能とか振る舞いに惚れる奴が多いから、仮面を脱いでも平気だと思うよー。異性の小指の爪の形を熱く語られたことがあったくらい好みの幅が広い。ただ相手がうちの一族で、本気で相手をするのが嫌なら“美しくない”の一言で離れていくから。声が好みとかの場合は何度か言わされるけど」
人間に対する対処法というより、物語の中に出てくる妖精とかの扱いに近いけど……一族相手にいいのだろうかそれで、とは思わなくもない。あと地味にフェチな人が多いのは分かった。
ここまでくると芸術家とフェルディナンド家への認識が、私の中で段々と残念な方向へ傾いていっているのは仕方がないことだろう。
「それはまた何と言うか変……こだわりが強いのにガラスの心臓ですね」
「変態っぽくて傷付きやすいって素直に言ってもいいよ。たぶん皆自覚はあるから。それに芸術家なんて大抵そんなもんだって」
ヒラヒラと手を振りながら適当なことを言うフェルディナンド様を、仮面の下からチベスナ顔で見つめていると、アグネス様が「んふふふふ」と肩を震わせて笑っていた。
「まぁ、素敵。わたしのような地味顔にとっては持ってこいな夜ですわね。むしろ望むところです。燃えますわ~」
「うん。自信を持ってくれたようで何よりだ。それじゃあ一旦解散しない? オレも合流し損ねてる迷子のヴィーを探してくるからさ」
先に身を翻したフェルディナンド様の背中を見送れば、隣のアグネス様もグッと拳を握りしめて戦闘体勢に入る。
「ではベルタ様、今晩中にお互いに戦果を上げられるよう頑張りましょうね~」
彼女はそう言うと、さっきまでの心細そうな雰囲気とはうって変わり、機敏な足取りでダンスホールの方へと去っていった。
アグネス様とは違い、未だ妹と父に甘えて明確に結婚する未来が全然見えない私は、せめて真面目に取り組む人達の邪魔にならないようにと、壁の花になることを選んで会場の端へと移動する。
ありがたいことにそんな僅かな時間でも、幾人かが呼び止めてダンスに誘ってくれたものの、それらを全てお断りして会場内の端まであと少しというところで、グンッと手首を誰かに掴まれる。
急なことに驚いて振り返れば、渡りガラスをモチーフにしたらしい仮面をつけた、全身真っ黒な衣装に身を包んだ男性の姿があった。掴まれた手首は振り払えばすぐに離されるだろうけれど、引き抜けるほど弱くはない絶妙な力加減。
誰かは知らないけれどはっきりと分かるのは、この男性に“美しくない”と言ったところで手を離さないだろうということだ。そういった冗談の通じそうな友好的な気配がない。
「あの……どなたかお知り合いとお間違いになっているようですが、離して頂けますか?」
内心困惑しつつ、刺激しないようにそう言ったそのとき。ヌッと横から現れた大きな手が、私の手首を捉えていた男の腕を掴んだ。新たな人物の登場に視線を手の伸びてきた方向へと向ければ、そこには狼をモチーフにした仮面の男性が。
目の部分からは見知った紺色に近い青い瞳が覗いて、こちらの視線に気付くと“もう大丈夫だ”というように頷いてくれる。
「彼女は俺の連れだ。悪いがダンスパートナーなら他を当たってくれ」
そんな十代の女の子が好む小説の台詞を耳に拐われるという貴重な体験は、後にも先にも今日だけだろうけれど。握られた掌の温かさが、不安に冷えた心に心地良かった。




