*12* 妹のやる気スイッチ入りました。
「こっちとこっちなら、二人はどっちの方が好みー?」
「私はこちらですね。新しい遊戯盤の時代設定なら、こちらの少し古めかしいデザインのレースが合います。長い手袋も欲しいですね」
「わたくしも先生と同じでこちらの方が好きですわ。膨らんでいないドレスなんて珍しいですもの」
前回の集まりから一週間。ホーエンベルク様とアグネス様とはあの日からまだ会っていないけれど、家庭教師補佐のフェルディナンド様とは普通に毎日会う。
なので休憩時間に彼の持ってくる新しい遊戯盤のドレスのラフや、私の持ってくる王国物語の素案をテーブルに広げ、思い思いに案を出していくのが日課だ。
今回は少し趣向を変えて、ドレスの方もクリノリンを使わないストンとしたものが多い。感じとしては神話の女神が着ているようなドレープを多用した、ふんわりと軽やかなものだ。
アウローラはそれが珍しいのか、興奮気味に手許のラフを眺めては「これはどうしてこんなに後ろを長くするのですか?」といった質問を挟んでくる。それについては私も謎なので答えようがない。
困ったときはフェルディナンド様に微笑みかければ、大抵彼が答えてくれた。美への造形の深さに性別は関係ない。女性物のドレスであっても淀みなく説明する彼を見て心底そう思った。
「そうそう、これベルタ先生に渡しとくね。気が向いたら来てよ」
フェルディナンド様はそう言いながら、臙脂色に金の封蝋を捺した封筒を差し出してきた。香が焚かれているのか、ふわりと甘くバニラが香る。
興味津々な表情で覗き込んでくるアウローラに向かい、ニヤリとしながら「お姫様が来るにはあと七年ほど早いよ」と言った。
その答えに「そんなにですか?」と唇を尖らせる教え子は可愛いけれど、できれば七年後でも仮面舞踏会への参加は止めてもらいたい。何と言うのか……家庭教師的に不安な場所だ。
けれどそんな私の複雑な表情で内心を察したのか、フェルディナンド様はさっきまでの少し悪い笑みから、いつものカラリとした笑みへと表情を変える。
「ベルタ先生の思ってるようなのじゃなくて、うちの親戚が今度小規模な仮面舞踏会をやりたいって言い出してさー。でもうちの家系ってあんまり他の貴族と付き合いがないから、身内の人間に声をかけて友人を連れて来いって。何でそれでやりたがるかねー?」
呆れたように肩を竦めて見せる彼につられて苦笑すると、アウローラが「先生の思うようなのは、どんなものなのですか?」と訊ねてきたので、私も彼に倣ってその無邪気な問いに答えた。
「そうですね……七年後、アウローラ様が立派な淑女になっていればお教えして差し上げますわ」
当然のように直後教え子から不満の声が上がったのは言うまでもない。
***
教え子からの『先生もフェルディナンド様も、七年後には絶対教えて下さいませね!』という圧に二人して誓約書を作らされ、微笑ましさと強かな成長を感じつつ帰宅したその夜。
「んん……ベルタ。新しい仕事で生き生きしているお前を見るのも、お前が作った作品で頭を抱える若造共を見るのも、凹ませるのもとても好きだがな、最近その……どうなんだ?」
夕食を終えて食後の紅茶を談話室で楽しんでいる最中、向かいに座った父が苦い表情でそう言った。まともな父親発言の中にさらりと黒い発言が覗くのは如何かと思うのですよ。
しかし娘を心配する親の言葉というものを前世であまり聞かなかったので、斜め上な発想や発言であっても嬉しいものだ。
「最近仕事に関してはお父様にもアンナにも自由にさせて頂いておりますので、とても充実していますわ。けれどその後の“どう”に関しては、一体何を指しているのでしょう?」
カップをソーサーに戻して小首を傾げると、父は一層渋面になる。いや、聞いてきたから答えたのに何故そんな表情を……?
そう思って口を開きかけたそのとき、ソファーの隣に腰かけていた妹が「そんなことよりもお姉さま。ちょっとお話したいことがあるの」と無情な割り込みをかけてきた。
「まぁ、アンナ。会話の最中に割り込むのはマナー違反よ? 話ならお父様のあとで聞くから少しだけ待っていて?」
「どうせお父さまは最後まで気になっている質問をする勇気はないから、まったく気にしないでいいわ。そうでしょうお父さま?」
「そ、そう言われると……確かにこの質問はまだ早いかもしれないな。うん。そういうことだからベルタ、アンナの話を聞いてやりなさい」
おーい……娘が可愛いとはいえ、流石に引き下がるのが早すぎるぞ父よ。とはいえ本人はもうそれでいいことになったのか、こちらを気にする素振りを見せつつも、手許の新聞に視線を落としている。
「もう……困った子ねアンナ。それでどうしたの?」
「あのね、この間ヴァルトブルク様と社交場でご一緒したときに、二人でお姉さまが作っている遊戯盤のことについて話をしたのですけれど」
「ああ、彼もあの遊戯盤で良くお父様達と遊んで下さっているものね」
「ええ。それでね、あの遊戯盤は貴族の間でだけ浸透しては勿体ないと思うの。お姉さまが目立つことがお嫌いなのは分かっているわ。でも、わたしはもっとお姉さまのことを沢山の人に知ってもらいたいの」
「う、うん? ありがとう?」
自らの相反している言葉に気付かないのか、アンナは瞳を輝かせ、ソファーに座り直すとガッと私の手を掴んだ。美人の目力は至近距離だと身内であっても怖いものだと初めて知ったわ。しかも話の方向性がまったく見えない。
――と、思っていたら。
「お姉さまの作ったあの遊戯盤が買えない人にでも楽しんでもらえるように、わたしが創作小説を書いて、それをヴァルトブルク様が劇のシナリオに直して、小さくて借り賃の安い舞台で、王都にいる領地の皆に演じてもらうのはどうかしら!」
――……斜め上の発想や発言は、存外色濃く遺伝するものみたいだ。




