♗幕間♗美しいは【愛でる】もの。
アグネスの視点です(*´ω`*)
ベルタ様とホーエンベルグ様の乗った馬車と、わたしとフェルディナンド様が乗った馬車が、屋敷門から正反対の方角へと別れていく。
くぐり抜けるときに馬車の窓から見上げたけれど、おそらくあの門すらフェルディナンド家のどなたかの作品なのね。精緻なレリーフが施されたそれは、同じ子爵家のものだと言われても信じられないくらい。
伯爵家か侯爵家だと言われてようやくと言ったところかしら。それにこの馬車にしたってそう。フカフカのベンチシートは無地ではなく、植物と鳥の刺繍が施されていて、お父様の書斎にある椅子よりも高価ねぇ、きっと。
馬車の揺れや地面の凹凸を拾う衝撃も吸収してしまうだなんて凄いわ。確か何代か前の王妃様の王冠を作ったのも彼の一族だったはず。だとしたら不思議はないのかもしれない。
手触りのいいシートを指先で熱心に撫でていたら、不意に正面から視線を感じて顔を上げる。するとそこには先ほどまでの砕けた表情から一変、彫刻のように血の通わない美しさを持つフェルディナンド様のお顔があった。
「あらまぁ……そんなに熱心に見つめられると照れてしまいますわ~」
「うんうん。やっと顔上げたねー。そんなにこのシート気に入ったの?」
「ええ、とっても。先程くぐった屋敷の門も素敵でしたし、大切な友人と美形を交えての楽しい語らいのあとに、こんな美しい馬車で送ってもらえるだなんて。今日は役得な日ですわね~」
のんびりとそう答えながらシートを弄るのを止め、今度は正面の本人が芸術品のようなフェルディナンド様を観察することにした。
オレンジがかった茶色の髪は、残念ながら外光が少なくてあまりはっきりとは見えないけれど、その髪に編み込まれたガラスビーズと翡翠色の瞳は、ただそこにあるだけで目と心を楽しませてくれる。
「うふふ、男性にこんなことを言っては失礼かもしれませんけれど、本当にどこもかしこも綺麗な方ですね。羨ましいわ~」
フェルディナンド様はそんな不躾なわたしを見つめ返し、数度瞬きをした。お人形が魂を持ったらこんな風かしらと思っていると、お人形ではない彼は薄くて形のいい唇を開く。
「そんなにうちの作品と綺麗なものが好きならさー、せっかく出資したのに何か欲しいもの注文しないの?」
「あら? おかしいですわね~。ちゃんとドレスを三点教え子の家名……ハインツ家で注文をしたはずなのですけれど」
「ああ、そっちは受け取ってるから安心してよ。いまのだとこっちの聞き方が悪かった。君の注文が入ってないみたいだけどって言いたかったんだよね」
そんな彼のおかしな言葉に今度はわたしの方が瞬きをする番ねぇ。一瞬だけ、目の前のフェルディナンド様を珍獣を見つめる気分で眺めてしまった。
シートを弄っていた指先で視界に溢れる亜麻色の縦ロールを絡めて、みよんみよんと伸ばしたり縮めたりしてみる。これで気付くかしら?
「わたしも流石に自分が身につけていいものくらい弁えておりますわ~」
「値段のことなら応相談だよ。この件で最初に手を挙げてくれた出資者には、そういう特典つけたはずだけど」
んー……気付かなかったわ。残念。ベルタ様なら一緒になって頷いて下さるのに。この手のことを美しい方に説明するのは面倒だけど、仕方がない。
「いえいえ~、そうではなくて。金額面のことは勿論ですけれど、この見目であんなに洗練されたドレスを着ては……ね~?」
確実に浮く。しかもいつものように狙った風ではないから、より一層浮く。わたしにも一応美醜の基準はあるし、むしろ基準だけなら人並みだという自負もある。
美しいものは【愛でる】もの。足しても足しても足りない者は、それを見て満足するのが普通。憧れの作品の美しさを損なわないための礼儀ともいうのかしらね? 教え子に着てもらって眺めるのがわたしの楽しみ方なの。
――だというのに。
「んー……そうは言うけど、君は姿勢や所作はその辺のご令嬢より綺麗だ。この髪も少しだけ傷んでいるだけで、無理に巻いたりしなければもっと艶も出るし長いよね? どれくらいか分かる?」
自身が芸術品のような芸術家様は、そんな風に諦め悪く食い下がってしまうから、こちらもつい「大体の長さでいいのでしたら……腰の辺りまで伸びますわ」と口走ってしまったけれど。
……困った方ねぇ。子供みたいだわ。
……困ったわねぇ。ワクワクしてしまうみたいだわ。




