*2* 悪用しないから貸して?
三者面談というか、最早圧迫面接の体をなしていた呼び出しの翌日から、私は教え子救済エンドのために動き出した。
まず当初の予定通りアグネス様に手紙を出したところ、筆まめな彼女のおかげで最短日数で届いた授業予定表によれば、マリアンナ様は一旦体力、教養、魅力の値を控え、現在は知力に特化させているとのこと。じっとしているのが苦手だとかで芸術はほぼ上げていないようだ。
それに伴いこちらの教え子は知力と教養を抑えて体力と芸術の方面を伸ばし、あとは本人のやる気に任せることにした。ときには自主性を伸ばすのも大事。
あと侯爵に確認したところ最初の半年契約の直後に結び直された四年契約は、始めの数ヵ月はお試し雇用期間として受理されていたので、契約を結び直した日からきっちり四年契約の計算となっていた。
――なので。過去最短で教え子に出逢えたことを活かそうと、今から十三歳までの残り四年間は芸がないけれど、前世と同じく最悪の場合に備えて逃亡するための軍資金を稼ぐことにした。
手始めに前回ホーエンベルク様にあげてしまったオ◯ロもどきと、新たに◯ェンガもどきを加えて試作品を工房に発注しておいたんだけど……。
一つ心配なのはこの世界でこの手のゲームがどれだけ売れるかということだ。前世では家庭教師と塾講師しかやっていなかったので、当然ながら物品販売については何の知識もない。
この件で実家には頼りたくないし、家庭教師で稼いだお金で投資するにしても、一回の失敗でかなりな痛手を食らうのは間違いないだろう。
何よりもネームバリューのない子爵家の娘が発案したものに、その道のプロである商人達が食い付く可能性は限りなく低い……が。
「よっ、ベルタ先生、久しぶりー。元気してた?」
コーゼル領に滞在する間はお定まりになったカフェで待っていると、背後からそう明るい声をかけられ、待ち人の到来に思わず弾かれたように椅子から立ち上がって振り返った。
「お久しぶりです、フェルディナンド様。私達は元気にしておりましたが、そちらの方は……こちらの我儘から長く留め置いてしまったので、領地での評判は大丈夫だったか気になっておりまして。それに今回の不躾なお願いも――、」
「はいはい、会って早々堅苦しいのはやめー。面白そうだって残ったのも、今回の申し出に乗ったのもオレの意思。別に心配するようなことは何にもないよー。むしろ働きに出てることに驚かれた。酷くない?」
頭を下げようとする私の目の前で面倒そうに彼が頭を振ると、髪に編み込まれたガラスビーズが軽やかな音を立て、陽の光を反射して輝く。男性に使う表現ではないかもしれないけれど、本人がすでに美術品のようだ。
これで口を開かなければ一級品の彫刻みたいなんだけどな……。
「そんなことより座った座った。前回持って帰ったあれね、うちの領地の職人にオレの絵を渡して作ってもらったよ。ベルタ先生には一番最初に見せてあげる」
行儀悪く椅子を足で引いた彼はそのままドカリと腰を下ろすと、事も無げにそんな驚きの発言を投下した。
「えっ、前回の遊戯盤ですよね? フェルディナンド様が作画を担当して、わざわざそちらの領地の職人さんの手まで借りて下さったのですか? てっきり私の作ったあれを元に紙に描き直すくらいだと……」
「分かってないなー。遊びは本気でないと楽しめないだろ? ま、確かに小さい頃から馴染みの職人には『またですか坊っちゃん』て言われたけど。皆もオレの思い付きには昔から付き合わされて慣れてるから、割と乗り気で作ってくれたよ。これが結構な力作なんだ」
「制作費用はおいくらでしょうか。流石にお支払しないと申し訳が立ちません」
「あーもー、そういうのもいいよ。最初に持って帰らせろって言ったのはこっちなんだから。つまらないこと言ってないで、ほら見てよ」
そう大袈裟に溜息をついた彼が、小脇に抱えていた厚手の生地のようなものを得意気に開く。大きさにして新聞を開いたくらいのそれは、私が製作したあの子供の図工作品を下敷きにしたとは思えない。
色味を抑えたベージュ地に、古地図を彷彿とさせるタッチで描かれた五国。色味は深みのある煉瓦色、紫紺色、芥子色、苔むし色などなど。どれも単品では地味な色ながら、全部が集結すると品のいい美しさだ。
山脈や陸路、海路には名称がつけられ、リボンに見立てた名札まである。領地ごとに色分けされた中にはそれぞれの国旗まで考えてくれたのか、ドラゴンや獅子のレリーフまで織り込まれていた。
分かりやすく例えるなら、お屋敷の中でよく見かける美術品の壁掛け。間違っても子供が遊ぶ遊戯盤感はない。
おまけに盤というか本体だけでもその品質なのに、駒と紙幣までとんでもない品質だった。もしもこれを商品化したとして、全部合わせて購入したらいくらになるのか……想像もつかない。
まさか人◯ゲームもどきの双六を、ここまで芸術的にデコれる人がいるのかと感動してしまった。
「これは……結構どころか……かなりな出来映えなのですけど……」
あまりの彼の遊びに対する本気を見せられて絶句していると、当の本人は涼しい顔で店員に紅茶と軽食を注文していた。これをテーブルに広げたまま食事を注文する神経に心が麻痺してくる。食べ零したらどうするの、これ。
「お、いい反応。早くアウローラ嬢に見せてやろうな。それから何だっけ。商品を売るときの名義貸しと、意匠の相談だった? 面白そうだったらオレも出資するしさ。その辺のは食べながら話そう」
流石は芸術家貴族として名を轟かせるフェルディナンド家。商人達を納得させるネームバリューとしては文句なしの逸材。
こちらのことをさらっと流して肘をつく目の前の人物に、やはり持つべきものは面白がりでイカれた協力者だと心底思った。




