★23★ 今日の終わりに。
「先生、今日はゲームの勝敗とはいえ、私の我儘を叶えて下さってありがとうございました。先生が気にされるだけあって、エステルハージ嬢は面白い……いえ【興味深い】方でしたね」
彼女を家まで送り届けた後、王城に戻った教え子の第一声に苦笑する。まさか授業の休憩時間に嗜む遊びの勝ち数で、遊戯盤の入手元を訊ねられるとは思っていなかったものの、彼女とすごした時間は無駄にはならなかったらしい。
常なら平坦な声に一日無理に抑揚をつけた弊害だろうが、やや安定しない声でそう言われると本当に普通の子供のようだ。
「満足頂けたなら何よりだ。フランツ様も初めての割に、俺の親戚の子供役はなかなか上手く演じられていた」
「意地が悪いですね……先生も彼女が訝かしんでいることに気付いていたでしょう」
そう言って持ち帰った教材を開いて中身を確認する横顔を淡い笑みが彩る。その様子から次の授業もすぐに内容を吸収してしまうだろうと思わせた。彼女の手を借りて教材を選ぶようになってからは特に授業の進みが早い。
最近第一王子派にはそのことで妬まれることも多いが、彼女なら教え子の興味を引けない時点で職務怠慢だと笑うだろう。
明日の授業を待たずに教材全てに目を通そうとする教え子の手からそれらを取り上げ、代わりに“ねだられて”購入したアンナ嬢の本を手渡すと、彼は大人しくそれを受け取ったのだが――。
「先生は、彼女を傍に置きたくはありませんか」
……天才型にありがちなことではあるが、凡庸な俺では教え子のこうしたところに時々ついていけない。
だがここで単に“人は人を簡単に所有できない”という根本的なことを説くのは無意味だろう。実際にその方法でこの地位につけられた人間が言えば尚更だ。
「そんなに彼女が気に入ったのか?」
「彼女の考え方に興味が沸きました。王に進言すれば彼女の教え子は私の婚約者候補になるかもしれない。そうすれば自ずと彼女も王城へ来るのではないですか?」
すでにこちらが相手の家名を割り出していると疑っていない発言には苦笑した。確かにエリオットに本気で頼めば彼女の教え子を割り出すことは簡単だ。ただそれをしてしまうと、何か大切なものが壊れてしまうだけで。
これまですぐに内容を吸収して新しい教材を求められたことは数あれど、人間を欲しがられたことはない。身支度をさせる人材をもう少し増やしてはどうかと提案したときも、周囲に他人を増やすのは嫌だと断られた経緯もある。
「王に進言するには元が子爵位で、急拵えな伯爵位を賜った俺の階級では足りない。彼女の教えを無駄にしないご令嬢なら、いつか自身の才能で婚約者候補の中に名を連ねるだろう。それまで教師は俺だけで我慢してくれ」
ただ俺の口にできることといえば、彼にはつまらないであろう正論だけだ。彼女と再会した初期の頃は、フランツ様と同じような理由で近付いたはずであったのに、いつの間にか無理にそこへと導くことを厭う自分がいる。
フランツ様に幸せになって欲しいと思うこちらと同様に、彼女も自身の教え子に対して同じことを感じているはずだからだ。
「次に彼女に会えるのは、来年の社交シーズンになりますよ」
「そうだな。そのときにはまた彼女を社交場で探し出して、今日のように三人で会えるように頼んでみよう」
「先生がそれでいいなら構いませんが……」
奇妙な言い回しをする教え子に首を傾げていると、フランツ様は大切そうに抱えていた翻訳本を本棚に戻し、代わりにあの遊戯盤を取り出してこちらを振り向く。
すでに業務時間はすぎているがこの一日の締めくくりに、一局くらいは付き合ってもいいだろう。




