*21* ぐ……心が浄化されていく。
暗く深みのある金髪に、切れ長なトルマリンの色を宿す目。美少女と見紛う美少年は私に向かい、艶めいた微笑みそのままに薄い唇を開いた。
「初めましてベルタさん。僕はルド。大きな本屋に行くとヴィー兄さんに聞いたので、無理を言ってついてきてしまいました。今日はよろしくお願いします」
「あら、もう私の名前を知っているのね。それでは自己紹介は必要ないかもしれないけれど、私はベルタ・エステルハージ。お兄さんの同僚……みたいなものかしら。こちらこそ今日は一日よろしくね?」
親戚説を信じたわけではないけれど、向こうがそう言い張るなら仕方がない。同じ子爵家の十代前半の子に接する態度を貫こうと腹を決めた。
そんな私達の自己紹介を見ていたホーエンベルク様は、常と変わらず真意が読めない一見柔和な微笑みを浮かべて頷く。出会った頃より笑うと下がる眉と紺色に近い青い瞳には、同僚への親しさが込められているようで悪い気はしない。
そんなわけで私達は大人二人に美少年一人という奇妙な組み合わせで、教育業に従事する人間からしてみれば、垂涎ものの品揃えを誇る大型書店のドアを潜った。
***
同じ建物内に相当数の人間を収容しているはずなのに、紙に音と気配が吸収される異空間に溶け込んでから二時間ほど。
延々と壁一面、天井までみっしりと本を納められた棚の間を、ホーエンベルク様と手分けして次の授業に使えそうな本を探し、前回購入した教材と内容のかぶった部分がないかを確認する。
この作業は人手があればある方が楽なので、今日の誘いを受けたのも実はほぼこのためだ。二人いれば単純に二倍の早さで目的の物を発見できる。
「何かいいものは見つかっただろうか、ベルタ嬢」
「こちらの本の内容がとても気になるのですが……前回購入したものと一章目がほとんど同じ部分の歴史に割かれているんです。七章仕立ての本の一章を丸々捨てると考えると少し悩みますわね。そちらはどうですか?」
「こっちも似たような感じだな。学術書の出版物は内容かぶりが多くて困る」
歴史書は出版された年代や作者によって内容に結構な差が出る。それというのも、作者がその時代のどの英傑や国が好きであったかで視点が変わるからだ。本来教材としてあってはならないことだけれど、注釈に主観を挟む作者もいる。
しかしそれも一概に悪いとは言えない。歴史を学ぶ人間にはオタク性を強く持つ人が多いからか、歴史の狭間に埋もれた物語を掬い取る教材に当たったときは、小説を読む気分で勉強できてお得なのだ。
あと、飽きがこなくて非常に捗る。前世はこの手でイケメン俳優が出てくるドラマや映画の出版物を教材代わりに使用して、かなり歴史の点数を稼がせて頂いた。
歴史の中に埋もれたロマンス。親友や兄弟との訣別の末に繰り広げられる死闘。萌えは学力の底上げにとても有効である。
「歴史系は特にそうですものね。でもその中から物語性が強くて面白そうなものを探すのも私達の仕事の内です。教え子のやる気のために頑張りましょう」
「そうだな……それなら少し探し方を変えてみよう。同じような内容でも、出版された年代と作者別に並べてある棚がないか聞いてくる。ベルタ嬢はルドと一緒にこの辺りで待っていてくれ」
「分かりました。よろしくお願いしますね」
段々と様になってきた連係プレーを駆使して会話を切り上げれば、いつからこちらを見つめていたのか、美しいトルマリンの瞳と視線がぶつかる。
「本当にまったく構えないでごめんなさい。私達は本を探し始めるといつもこんな風なのよ。退屈していない?」
「はい、大丈夫です。今はこちらの棚にある本が初めて見る形のものばかりなので、どういったものなのか興味があって眺めていました」
こちらの問いかけにそう答えたルド少年(仮)の手には、きちんとした製本をされていない、前世で言うところの同人誌本があった。
普通の小さな本屋にはないけれど、ここくらい大きな本屋になると、才能の先物買いとして無名の作家の本や、作曲家の楽譜を買い取って棚に並べている。中には本の形にすらなっておらず、木箱に頁数を書き込んだ原稿を入れただけのものまであるのだ。
多種多様で不格好で、それでも触れれば熱を持っていそうな本達は、彼でなくとも気になって手を伸ばしてしまう魅力があった。実はアンナの翻訳した本も数冊並んでいたりする。
できあがれば初版のものを送ってきてくれるのだが、売上に貢献したくて自費でも購入しているのは内緒だ。
「ここは色々な本があるから私も良く覗くの。何か面白そうな本はあった?」
訊ねながら彼に近付き、その間に本棚に並ぶ背表紙に視線を走らせる。前回来店したときには見かけなかった本があったので、それをついでに引き抜きながらルド少年(仮)の隣に並べば、彼は「僕はこれが気になりました」と言って、手にしていた本の表紙を見せてくれた。
その表紙の題名と翻訳者の名前を目にした途端、私は自分の中で勢い良く警戒心メーターが下がっていくのを感じた。
「どうしてこの本が気になったのか聞いてもいいかしら?」
最早完全に地につきそうな警戒心メーターを、諦め悪く人差し指の第一関節分くらいで持ちこたえて訊ねる。
するとルド少年(仮)は、一瞬だけ口ごもってから「ドラゴンが出てくるので……」と教えてくれた。ああ、ちゃんとこの年頃の男の子らしい理由だ。当初よりこの子を見る色眼鏡の度数がガクンと落ちてしまった。それというのも――。
「この本が気になってくれて嬉しいわ。翻訳者のアンナ・ホテクは私の妹なの」
「え? でも……姓が違いますが」
「ホテクは母方の姓よ。本名はアンナ・エステルハージなの。妹の翻訳した本に興味を持ってくれてありがとう」
視線の高さを合わせるために屈んでそう囁けば、ルドは作り物めいたその頬を少しだけ緩めて「ヴィー兄さんにねだってみます」とニコリ。雪解けのような笑みを浮かべた。




