♛幕間♛人間らしい人。
ヴィクトルの教え子、フランツ視点です(*´ω`*)
私には国で一番尊い地位に立つ父と、二歳上の兄がいる。母は残念ながら物心をつく前に亡くしてしまったが、仮に存命だったとしても普通の家族のような関係性にはないため、必要と感じたこともなかった。
母の姿も心も“王妃を愛した父”だけが知っていれば良いことだ。彼女の絵は今も父の自室で美しい微笑みを浮かべている。
生きて動いている姿を辛うじて憶えている兄ですら、乳母に抱かれたことしかないのだから。王族であればそれが普通のことだと、幼子ですら知っている。それどころか生まれ落ちた瞬間から仕事も決まっているのが普通だ。
そして私と兄には父母が同じだということ以外、もうほとんど接点らしい接点は残っていなかった。たまに窓の外や廊下に気配を感じるだけで、会話らしい会話も、もう何年も交わしていない。
兄は次の王に。
私はそのスペアに。
道はこの二本だけ。選ぶのではなく決まったこと。何の不自由も無駄もない。
必要なものは与えられるし、自分が本当に欲しいものは分からない。それはきっと兄も同じことだろう。
私達は最初から全てを持って生まれ、その後の一生を国のため、民のため、何も求めるなと言われて育つ。
昔から感情が抜け落ちたような子供だと言われて育った私は、父に良く似て人に頼り、頼られる人懐っこい兄とは違い、あまり他者に良い印象を与えない。
王とは一人で全てをこなせる者が就く仕事ではなく、他者を上手く頼り、信頼を得て、使役できる者が就くもの。しかしそのスペアは真逆で、一人で全てをこなせる機構としての働きを求められる。
兄弟で言葉を交わした記憶はほとんどないにもかかわらず、私と兄は実に上手く自分達の役目を演じ分けられていた。
けれどそれでいて陰で耳にした私の噂を要約すれば“情がない”そうだ。だからだろう。今から五年前、父は私に“情の深い”優秀な人材を与えてくれた。
『今日から貴方の師としてお側に遣えさせて頂くことになりました。戦場上がりの粗忽者ではありますが、フランツ様の疑問に一つでも多くの解を差し出せるよう最善を尽くしましょう』
彼は父親を亡くした直後、残された家族のために学生を止めて戦場に赴き功を挙げ、そこから異例の出世を果たして……結果的に、そこまでして守りたかった家族を捨てさせられたのだ。
情のない私のために用意された彼は、それでも恨み言一つ溢さずに今も馬鹿がつくほど生真面目に、私の“先生”を務めてくれている。
一方通行な情をそうと分かっていながら一心に向けてくれる彼にだけは、できるだけ“人間らしく”接したいと思っていた。こんな感情は父にも兄にも抱いたことはないから、実質彼が一番私に近しい人物なのだろう。
二ヵ月ほど前にはどこからか珍しい遊戯盤を持ち帰ってきてくれて、以来、授業の休憩時間には二人でずっと興じている。
単純な作りの割に飽きの来ないそれに興じるとき、先生は少しだけ授業中には見せないような笑みを浮かべることがあって。そういうときはまるで彼の弟になった錯覚を覚えた。
しかし……数日前からそんな先生の様子がおかしい。
授業は問題なくこなしてくれるものの、授業中のふとした瞬間に無自覚に溜息をつく。やたらと物を取り落とす。新しく持ってきてくれた教材をめくる際に眉間の皺が深くなるし、休憩時間に遊戯盤を見れば身構える。
普段他人に対しての興味や共感力がまったくない私でも気になるほど、先生らしくない。何がそこまで先生の気分を乱すのか、純粋に興味があった。
――パタパタ、パタ……パタ。
指を動かした盤上で、黒い駒が白になる。すると盤上を眺めていた先生が「なかなか良い手だ」と力なく笑った。
「……先生の番ですよ」
今日のこの一戦に勝てたなら、何回かに一度は不器用に負けて、願いの少ない私に勝ちを譲ってくれる先生の悩みを、聞いてみたいと言ってみようか。




