*19* 番外編は時に本編より過酷である。
銀を持ち手に使用した乗馬鞭、
緻密な蔦柄を彫られた飴色の鞍、
馬体に沿うよう優美な曲線を描く鐙、
一本一本植毛して丁寧に仕上げられた馬の手入れ用ブラシ、
熟練の職人の手で生み出される完全受注生産の乗馬用ブーツ、
外国製とおぼしきコイン飾りがシャラシャラと涼しげな音を奏でる手綱――。
乗馬用の服も注文できるのか、奥には試着室のような場所もある。ホーエンベルク様が案内してくれた“良い店”は、確かにこれ以上ないほど良質な品物を揃えていたけれど、実質は一般人が入れないような“値段の良い店”だった。
とてもではないけれどいちいち棚から手に取って眺めるのも恐ろしい。私は早々にまだ一番お礼として受け取れる値段のものを見繕って店を出た。
「本当に乗馬用の手袋だけで良かったのか?」
「はい。ちょうど新しいものが欲しかったんですよ。それにどれもお礼として戴くには高価すぎます」
お礼にと誘ってくれたから油断したけれど、この金銭感覚の差はデートだったら絶対相手が引いて失敗するやつだと思う。田舎の馬具店とは違い、王都の貴族御用達店とあって値段は天と地ほどの差だ。
「前回の礼にしては安価すぎると思うが。遠慮は必要ないぞ?」
……彼の金銭感覚はどうなっているのだろう。元が同じ子爵家出身者とは信じられない。飴色の革を使って作られた乗馬用の手袋も、シンプルなデザインながらその上質さから、実家で使っていたものなら六セット分買える金額なのですが?
それとも数年間の従軍経験があったというから、前世で聞いたことがある“戦場ではカッ○ヌードルが一個○万円”という金銭感覚になっているのかもしれない。
「まぁまぁ、こういうのは値段ではなくて気持ちが大事なんですよ。私は新しい乗馬用の手袋が欲しくて、ホーエンベルク様はお礼として私の欲しいものを買って下さったのですから、これで充分です」
あれから一度その場で解散し、残りの仕事を片付けたホーエンベルク様が屋敷まで迎えに来てくれたのだけれど、何故か直前になって急に侍女達にヒラヒラした服に着替えさせられた。
着替えさせられる前の服の方が、明らかに今より街歩きに適した服装だったのにと不満に思ったけれど……今のお店に入るにあたっては正解だ。しま○らに入店するのと○越に入店するくらいの格差。
彼女達には、高級レストランでマジックテープ財布を開けるような恥をかかずに済んだお礼に、ちょっと高いお菓子をお土産に買おうと心に決めた。
「まだ何か入り用なものがあれば店に戻るが」
「いいえ、本当に手袋だけが欲しかったので。それよりも早く次の目的地の本屋に向かわないと、教材を選ぶ時間がなくなってしまいますわ」
同僚(?)のホーエンベルク様の前で父の過保護ぶりが炸裂し、お礼をしてもらうために外出するのは構わないが、夕食までには帰宅するようにと念を押された。二十二歳にもなって夜の七時が門限であるとバレるのは恥ずかしい。
けれど結果的に考えてこの先もこの調子で案内されるくらいなら、門限を先に提示されていて良かったと本気で思う。その後はさらに他の高そうな店を見ようと勧める彼を、やや強引に本屋へと誘導する羽目になった。
無事に本屋の入口を潜ったときの安心感といったらもう――……。紙とインクと埃の匂いに涙腺が緩んだのは、前世と今世を合わせても初めての体験だ。
流石に本屋に入店してからは本来の家庭教師としての自覚が勝ったのか、時間ギリギリまで二人で教材を選ぶことに夢中になることができ、購入する本の種類がかぶることから、後日授業に使った感想などを交換しようと盛り上がった。
そして侍女達と家族へのお土産も彼の奢りを断り自費で購入し、何とか無事に番外編を終えて屋敷に送り届けてもらった頃には、私の生命力と注意力と精神力はすでに失われつつあり――。
「結局今日も随分と貴方の世話になってしまった。また礼のために誘っても構わないだろうか?」
「うふふふ、それは少し考えさせて下さい」
本音と建前が逆になっていたと気付いたのは、不自然にふらついて帰る彼の背中を見送って、玄関ホールでアンナと父に出迎えられてからのことだった。




