*18* 番外編扱いのイベントなの?
思わずそんなに仲が良かったかと錯覚してしまいそうな笑顔。満面の笑みというのはこういうものだろうか? 一瞬あまり同年代から向けられることのない類いの笑みにたじろぎそうになった。
門を潜ってこちらに歩み寄る人物を見上げて内心を隠したまま微笑むと、彼もこちらに向かってさらにきらきらしい微笑みを返してくれる。その背後に慌てて走り去る若い兵士達の姿が見えた。
「お久しぶりです、ホーエンベルク様」
「ああ、久しいなベルタ嬢……と。いつもこの挨拶だな俺達は」
「言われてみればそうですね。ですが前回お会いしてから二ヶ月ほど経ちますし、やはり“お久しぶり”が相応しい挨拶だと思いますわ」
こちらの答えに「確かにそうだな」と笑いを含んだ彼の言葉に、ほんの少し救われた。もしもここで彼が私を気の毒がるような表情を浮かべて現れていたら、即座に帰っていただろう。
私はこちらの世界の家族に負い目を感じたりしていない。見目のことで誰に何を言われようとも気にならなかった。
うちの家族は見目がいい。これは紛れもない事実。前世だったら父も妹も雑誌モデルにスカウトされるのではなく、一足飛びに世界に出てランウェイを歩いていただろう。
けれどそれ以上に家族仲がいい。私にとってはそれが一番大切な事実だ。
「その……ベルタ嬢。もしよければだが、久しぶりついでに、エステルハージ殿が到着されるまで少し話でもしないか?」
「それは構いませんが、ホーエンベルク様のお仕事はよろしいのですか?」
「はは、そもそも駄目なら自分から提案したりしない」
言われてみればそれもそうだ。彼の性格からして堂々とサボり宣言をするようにも思えない。しかも勝手に王城で彼が家庭教師をしていると思っていたけれど、一応伯爵位を賜った実力の持ち主なのだから他の仕事もあるだろう。
まだ油断はできないけど、疑ってかかりすぎて交友関係を狭めるのも今後のことを考えれば得策ではない。何が教え子の生き残りを左右するか、現時点ではまったく分からないのだから。
「ではうっかり者の父が忘れ物を受け取りに来るまでの間、私とのお喋りにお付き合い願えますか?」
腕に抱えた分厚い封筒を指してそう乞えば、ホーエンベルク様は「喜んで」と楽しげに笑った。
それからは天気の話を皮切りに、最近読んだ本、好みのお酒の銘柄、現在使っている教本、愛用している文具、王都で流行りの芝居や戯曲などなど。意外なことに話題は多岐に渡って弾み、気詰まりして会話が途切れるようなこともない。
父も仕事の手が離せないのかまだ現れないから、結果として彼からの申し出を受け入れておいて正解だった。それでも途切れることのない会話で目ぼしい話が一周してしまったところで、そんな一番ありふれた話題に行き着いた。
「私の好きなもの……ですか。趣味や趣向的なことでしょうか?」
「趣味でも趣向でも、何でも思いついたもので構わない」
むしろ今まで話題に出ていなかったことに軽く驚いたものの、現在やりたくてもできないことと言えばあれしかない。
「馬ですね」
「“うま”……とは、背に乗ったり車を牽かせて移動する動物のことだろうか」
「残念ながら私の知っている範囲内で“うま”と言えば、それしか思い付きません」
仮に“さくら”と言われたら馬肉かもしれないなとは思うけれど、こちらの世界で馬肉を食べる習慣はない。なので、何故彼が馬に対して認識の齟齬があったのか甚だ疑問だ。
「いや、すまない。前回の教本と遊戯盤の礼をしようと思って訊ねたつもりだったのだが、流石に令嬢の口から馬が出るとは思っていなかったせいで少し混乱した」
「ああ、そういうことでしたか。自領で領主代理をしていたときは視察をする際に手放せなかったのもあるのですが、もともと幼い頃から乗馬が好きなのです。家庭教師を引き受けてからはできていないものですから、あの風を切る感覚が懐かしくなってしまって」
前世だと車の免許を持っていなかったので、風を切ろうと思えば自転車を全力でこぐか、全力疾走するくらいしか手段がなかった。
だからこちらに転生してからというもの、ゲーム内では移動手段でしかなかった乗馬に物凄くハマったのだ。馬を走らせてその背で風を切る感覚は格別である。主人公のスキルを上限値いっぱいまで上げておいて本当に良かった。
とはいえ流石に馬の手配は無理だろうし、アンナとおやつに食べる焼き菓子でも適当に頼もうと思っていたら――。
「ベルタ嬢の次の非番はいつだろうか」
「え? 六日後です……というか、今日も非番ですね」
「このあとの予定は?」
「屋敷に戻って着替えてから本屋にでも行こうかと思っておりますが」
訊ねられたからそう答えたというのに、ホーエンベルク様は眉間に深い皺を刻んだ。前世だとまだまだ結婚適齢期内であるものの、貴族の尺度で測れば恋人もいない侘しい休日の過ごし方だと思われているのだろうか?
だとしたらちょっと腹立たしいななんて思っていると、ホーエンベルク様は何やら意を決した表情になった。何だろうか……圧が凄い。
「質のいい馬具を取り扱っている店を知っている。もし良ければ案内させてくれないか。馬をすぐに用意することはできないが、何か形のあるもので礼を返したい」
「えっ……と、はい。ではお願い致します?」
彼の身体から漲る圧力というか緊張感というのか、押しに弱い前世の国民性の前に、取り敢えずわけの分からない状況にもかかわらず頷く。どこかホッとした風にはにかんだ彼は、見た目の割に少しだけ可愛らしくて。
しかし理由はどうあれゲームで見たこともない人物とここまで仕事に関係のない会話をするのは新鮮だったのだが――。
「やあベルタ、すまない待たせたね。ホーエンベルク殿も娘の相手をして頂いて申し訳ない」
その直後に見計らったように颯爽と現れた父に、思考を拐われてしまったわ。




