*16* 夢のないガールズトーク。
青々と繁る若葉と手入れの行き届いた芝生。その中に溶け込む甘やかなバラの香りは春のお茶会の醍醐味だと思う。
しかし大人にしてみれば、ガーデンパーティーの目的は財力を現す庭の自慢だけれど、子供にとって大切なのはどこの世界も甘いお菓子だ。お育ちのよろしいご令嬢達も春の新作と言われたら飛び付かないはずもない。
世界の共通認識として女の子は砂糖菓子でできている。平和なことだ。
イチゴを使ったものがとくに多い様子で、赤い瑞々しい実をそのままあしらったものや、ジャムにして添えたもの、ペーストにして生地に練り込んだものと様々な種類があり目にも楽しい。
「ねぇ、あのテーブルのお菓子も美味しそう。次はあそこに行ってみましょうよアウローラ。そのついでに挨拶をして回ればきっとお父様達も怒らないわよ」
「本当にマリアンナの頭の中はお菓子のことばかりね」
「でもお庭を褒めて挨拶だけなんてつまらないもの。お菓子の方が大事よ! それにアウローラだってさっきからチラチラ見てたでしょ?」
「それは、そうですけれど」
「だったら素直にならないと損よ損。我慢してるところを“慎ましい”なんて褒められても少しも楽しくないわよ」
いやもう本当に頼もしいわマリアンナ嬢。ゲーム内では会話シーンがほとんどないから、こんなに陽気な子だったとは知らなかった。
内気で自分から話しかけられないアウローラをグイグイ引っ張ってくれるから、割とどこのご令嬢達もすんなり輪に加えてくれる。こればかりは同年代の友人しかなし得ないことだ。
「もう……分かったわマリアンナ。先生の分も頂いてきますから、どんなものが好きか教えて下さい」
できればあまり奇をてらわないものがいい。実際に前世で頂き物のバラのジャムと花弁を練り込んだクッキーは、美味しいとか美味しくないとか以前の問題だった。あくまでも一個人の感想であるけどね。
「ふふ、ありがとうございます。ですが本来私は付き添いの立場ですので、そのお気持ちだけで充分ですわ」
私の返答にそれまで笑顔だった教え子は目に見えて表情を曇らせた……が。
「心配しないで大丈夫ですわアウローラ様。ベルタ先生はわたしと一緒にお酒入りの大人のお菓子を楽しみますの~。ですから、アウローラ様はマリアンナ様と一緒にあちらのお菓子を楽しんで下さいませ~」
後ろから突然ヌッと現れたアグネス様の陽気な声で驚きに変わった。彼女の手にするお皿の上には、鼻を近付けなくても分かるほど洋酒の香るケーキと、これも明らかに洋酒が入っているのだろうチョコレート。
……そう。私達には子供向けのお菓子を食べている暇などないのだ。今日のお茶会の主催者は、まだお茶会に慣れない令嬢達の子守りとして付き添う人間のことを理解してくれる人らしい。
「あ、先生ー。いないと思ったらそれを取りに行ってたのね?」
「うふふふふ、ごめんなさいね~。あちらのテーブルから美味しそうな香りがしたものだから、つい。これを食べている間はここから動かないから、貴女達も召し上がっていらっしゃい~?」
そう言って空いた方の手を振るアグネス様に頷き返したマリアンナ嬢は、サッとアウローラの手をとって「ほら、早く行きましょうよ」と笑う。
そんな友人に一瞬だけ戸惑った様子を見せる教え子に「ここにいますわ」と言えば、彼女はようやく「行ってきます、先生」と淡く微笑んで、他のご令嬢達が集まっているテーブルへと近付いて行った。
――と、いうことで。
教え子達が他のご令嬢達に合流したのを見届けた私とアグネス様は、早速お皿の上に乗った小さいケーキやチョコレートに手を伸ばし、この年齢まで婚約者のいない令嬢同士他愛のないお喋りを始める。
話題は大抵お互いの授業の進行状況、教え子の交友関係、雇い主へのちょっとした愚痴、それから――……夢のない明け透けな結婚話だ。
「この間の“婚約者に求めるもの”の答えですけれど、やっぱりわたしがお相手に望むものは顔かしら~。顔さえ良ければ愛人がいようが、隠し子がいようが、男爵家の三男坊だろうが、多少なら借金があったって構いません」
「あら、アグネス様の条件はいっそ清々しいですわね」
「わたしはこの見目ですもの。貴族の子供でこの顔に生まれてしまっては将来苦労しますわ~」
彼女はそう言いながら細い目を指した。その目許を縁取る長い睫毛の隙間からは僅かに菫色の瞳が覗く。しっかり目を開けたらさぞや綺麗に見えるだろう。
聞けばあまり似合っていない髪型も、奇抜なドレスも、お化粧も、全部地味な見た目を少しでもくっきりさせようという努力の結果だそうだ。方向性が誤っているとはいえ頑張るところが凄い。
「私はアグネス様の優しげなお顔が好ましいので、そうは思いませんけれど」
「うふふ、嬉しいですわね。でも実際問題女性で家督は継げないから、結婚と出産は必須でしょう? だから顔のいい方と男の子ができるまで結婚生活を送って、できたら相手側の非を白日の元に晒して離婚しますわ~」
ほわほわとした柔らかな語り口調と内容のエグさの乖離が酷い。彼女は前世の私などよりずっと結婚を乾いたものとして見ていた。
貴族の娘であることを理解し一人娘として義務を果たそうとする姿は、凜としていて美しいと思う。その一方で、私は結婚の話に触れてこない父とアンナに甘えっぱなしだ。人としてこの差は大きい。
「ベルタ様はどんな男性がお好みですの~?」
小首を傾げたアグネス様の肩から見事な縦ロールが流れ落ち、頬の横でふわんと揺れた。視界に入ったそれを目で追いながら、ふと頭に浮かんだ言葉をそのまま唇に乗せる。
「きちんと仕事をして、労働の対価に得た収入を家庭に入れる人……ですね」
至って大真面目な私の答えを聞いたアグネス様は、静かに「流石にもう少し夢を語りましょう?」と駄目出しをくれた。




