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転生家庭教師のやり直し授業◆目指せ!教え子断罪回避◆  作者: ナユタ
◆第二章◆

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★15★ 向き合うということ。


『内気な教え子と距離を縮めたいのなら……そうですね、簡単なゲームを休憩時間に一緒にやってみるのも効果的かと思いますわ』


 ――遡ること二週間前。


 勉強会で訪れたカフェのテラス席で紅茶を飲みながら、彼女が発した提案に生徒が一を教えて十を知る相手だと答えたところ、ベルタ嬢は『実はご相談を受けた日に、ちょうどいいものが手に入ったのですよ』と笑って、あるものを差し出してきた。


『これ本当はフェルディナンド様が帰られたら、一緒にゲームをして遊ぶ頭数が減ってしまうので、教え子と遊ぼうと思って工房に発注していたものです。ですがそちらの方がお困りのようですし、試作品ですが良ければお持ち下さい』


 そんな台詞と共に彼女から手渡されたものに、単純極まる作りから最初はからかわれたのだと本気で思ったのだが――。


 目の前で無表情にマス目で区切られた盤上に置かれた、両面を白と黒の二色に塗り分けられた木製の丸い駒をじっくりと眺め、そのうちの一枚を黒から白に返した教え子が顔を上げた。


「先生の番です」


 感情の薄い声音は声変わりの予兆をみせて掠れ、出会ったばかりのときより高くなった視線に子供の成長の早さを知る。大人は四、五年程度で見た目が変わることはほとんどないが、子供は背丈や顔つきまでまるで違ってくるものだ。


 子供特有の一片の曇りのなかった金髪は成長と共に暗く深みを増し、切れ長なトルマリンの目に個を形成する力が宿る。少女のような線の細さだった骨格も、やや少年らしさを持ち始めた。


「そうだな……それなら、ここに」


 サッと駒を置かれた場所と空いた盤上のマス目を眺め、自分の手許から一枚取り出して斜め三マスと横一マスの陣地を取る。それを見ていた教え子は、再び盤上に視線を集中させた。


 何を考えているのか分からない。いったい誰がまるで魚の棲めない清水のようで、人の認識が及ばない無色透明さすら感じさせるこの少年が、ジスクタシアの第二王子であると思うだろうか。


 フランツ・ルドルフ・ジスクタシア。四年前に戦場で功績を上げて伯爵位と共に彼の世話役を任されたときは、こうまで長く務めるとは思っていなかった。


 第一王子である兄のマキシム・ニコラウス・ジスクタシアとは二歳違いでありながら、置かれた環境や立場はかなり違う。人格も後ろ楯も真逆の二人には、兄弟としての触れ合いはほとんどない。それはすでに互いの派閥が水面下で動いているからだ。そこに彼等の心は加味されない。


 天真爛漫で恐れを知らず、人好きのする武術一辺倒の第一王子と、冷静沈着で余計な言葉を発さず、人を遠ざける冷たさを放つ第二王子。


 王族だけでなく、貴族社会ならば当然ある本命とスペア。しかしもしも本命(第一王子)がこの先何らかの事柄で儚くなったところで、現状のスペア(第二王子)は本命に成り代わることはできない。フランツ様は人の心を知らなさすぎる。


 小さく「……あ」と呟いたその表情が盤上の先見を立て、微かに年頃の子供らしさが覗いた。こんな些細な変化さえ、四年以上かかっても引き出すことができなかったのかと、自分の家庭教師としての不出来さに呆れる。


『どんなに大人びていても、相手が子供であることを忘れないであげて下さい。もし子供扱いされることを嫌う子なら、勝ち負けはしっかり数えてご褒美(アメ)課題(ムチ)を与えるといいですよ』


 あの日一緒に教材を選んでくれた彼女の言葉を思い出していると、パタ、と駒が返る音がした。そういえばそのときの礼をまだしていなかったことを思い出す。


 ――パタ、パタ、パタ、パタ、パタ、パタ。


 角の一つを失ったせいで、立て続けに駒が白に返されていく。予定通り白がやや優勢になるよう持ち込めたことに内心安堵し、次いで「先生の番ですよ」と少しだけ得意気に聞こえる声音で彼が顔を上げる。


 将来ご令嬢達が放っておかないであろう怜悧な美貌の教え子も、彼女が持たせてくれたこの盤上ゲームだけは随分気に入ったようだ。普段なら授業を終えた後の休憩時間にも自習をする彼が、このゲームを持ち帰って初めての休憩時間に一戦してからは、素直に一戦、多ければ四戦はしたがる。


 ジスクタシアどころか近隣諸国でも見たことのないゲームだが、彼女に訊ねても『異国で見たものの模造品ですわ』とはぐらかされてしまったので、他にその国にある盤上ゲームを仕入れることは難しいだろう。


「ああ……もうどこに置いても勝算はないな。今回の勝負はフランツ様の勝ちだ。これで勝ち数が五。何かしてみたいことは?」


 次の手を待つフランツ様にゆっくりと首を横に振ってそう問えば、彼は迷わず答えた。


「では……もう一戦したいです、先生」


 他者が見ればほぼ無表情に見えるであろうその頬に、うっすらと血の気が通う。喉の奥から笑いがせりあがってくるのを飲み下しながら、盤上の駒を半分ずつになるよう数え直して、彼女から手渡されたもう一方の情報を思い起こす。


「次はこちらが白だ。勝ったら課題を増やす。覚悟はいいな?」


 軽い挑発に無言で頷く教え子を前にコトリと最初の白を置けば、魔法のように彼に眠る“子供らしさ”が目を覚ました。

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