*7* 嘘ではなくて、予言です。
十二月も終わりになると、王都から戻った上級貴族達は屋敷で大きな夜会を開く。それは教え子の生家であるコーゼル家とて例外ではない。
侯爵家らしい豪奢な会場内は招待客の紳士淑女で賑わっていて、原作ゲームの私のキャラクター設定を忠実に再現するわけではないけれど、はっきり言ってしまえばこの手の場所は苦手だった。お酒の席は好きなのだけれど、賑やかすぎるのは嫌いというやつだ。
ただでさえ会場の天井が高かろうが酸素が薄い気がしてならないのに、周囲にいるのはいずれも格上の家ばかり。男性はともかく、女性はコルセットをしていなければならないから尚更息が詰まる。
そして気まずさの点でいえば、後ろ姿で知り合いだと思って背中を叩いて挨拶したら、間違えて全然別人だったときくらいの地獄。できれば出席を遠慮したい類いの催しだわ……。
「わ、わたくし頑張るから、見ていて下さいね?」
「ええ、勿論ですわ。しっかりアウローラ様の雄姿を見守っています」
だが、少なくとも私にとってこれは可愛い教え子のためだからまだいい。むしろここで一番のとばっちりを受けているのはまず間違いなく――。
「そんなガチガチにならないでいーよ。ベルタ嬢とここで見ておいてあげるから。パパッと行って、適当に挨拶しておいで」
「は、はい! フェルディナンド様」
「だーから、堅いってば。そんな風だとすぐに疲れちゃうから」
何故か今夜ここに付き合わされている彼である。本来なら補助としてほぼ“面白いから”という善意のみで手伝ってくれている彼は、自領に戻っていて然るべきで……ここにいる必要はない人だ。
実際にこの夜会が終われば彼は一旦領地に戻る手筈になっている。現在取り付けている授業の契約は農地の準備が本格的に始まる前の一月半ばから、粘っても三月の一週目までだ。
力強く頷いてドレスを翻すアウローラの背中を二人で見送り、来客達に声をかけられてカーテシーをとる姿を見つめる。初めて会ったときは猫背気味だった背筋を伸ばして挨拶をする教え子の成長に、ちょっぴりうるっときてしまう。
すると隣から「なー」と間延びした声をかけられたのでそちらを向くと、やや不満そうな表情をしたフェルディナンド様がいた。
「あの子、やっぱりまだオレを先生呼びしないよね。何でだと思う?」
オレンジがかった茶色の髪を纏めるガラスビーズを指で弾き、アウローラの方に向けられた翡翠の瞳は、シャンデリアの明かりを反射して一級品の宝石みたいだ。
「そうですね……考えられるとすれば、憧れの人を先生呼びにするのが畏れ多いのではないでしょうか」
「ふぅん? 乙女心は複雑だ」
納得していないようなのに肩を竦める仕草に思わず笑ってしまうけれど、彼の方も私を見て苦笑する。
「オレにはあの子にとっての“先生”っていうのが、君だけなんだと思うけど。他の大人は誰でも“それ以外”って感じがするね」
「そうでしょうか? アウローラ様は裏表のない、どなたにも分け隔てのない方だと思いますが」
「ま、裏表のない性格なのは分かるよ。授業態度も素直だしねー。ただ、甘える相手をあの歳できっちり決めている。そして甘えるのは君にだけ。美しい師弟愛だ」
フェルディナンド様はその格好からゲーム中屈指のちゃらんぽらんに見えて、実のところ結構政治的な立場に敏感だ。古来より芸術家を囲うのは貴族の嗜みとされている。その上に彼は自身の身分も子爵ということで、平民嫌いな上級貴族にとっては喉から手が出るほど欲しい人材なのだろう。
だから《“フェルディナンド家は、代々他家との交流にあまり熱心ではない”》と、ゲーム内の説明にもあったに違いない。
そしてまさにそれを今夜の夜会でコーゼル家は自慢したかったのだ。教え子の幸せな未来のため引き込んでしまった身としては、本当に申し訳ないと思っている。私が彼に返せるものなどあまりないだろうけれど、今後もしも何か協力を求められたら可能な限り引き受けるつもりだ。
「アウローラ様は本来もっと多くの人に愛され、評価されるべき方ですわ」
「一介の家庭教師のその考えがどこまで理解されるかは分からないけど、今のままだと難しいだろうなー」
う……ヤバイ。鎌をかけているだけだと分かっていても、的確に突かれてヒヤリとしたものが背筋を伝う。
「ふふ、手厳しいけれど冷静なご指摘をありがとうございます。来年度からの指導の参考にさせて頂きますわ」
確かに今のままでは難しい。現在頭二つ分ほど抜けているのは教養と知力。追いつく勢いで伸びを見せているのが芸術。この三教科は元々伸び率が高いので、同年代より抜きん出ている自信がある。
しかし彼の合流で私だけで教えるよりも魅力と体力の上がりはいいけれど、前者の三教科と違って後者の二教科は同年代のご令嬢達の足元にも及ばない。
「見たところあの子はオレが知るような同年代のご令嬢達よりも出遅れてるけど、君は割と余裕だね?」
実際その通りだけど、あまり急かして適当に付け焼き刃な授業はしたくないというジレンマ。
でも自信のまったくない子だから得意なことから伸ばして、褒められる自分というものに慣れさせてから次の段階に進みたい。だからこそここで彼に見切りをつけられるわけにはいかなかった。
「あの年頃はまだほんの若葉ですもの。アウローラ様は大輪の花を咲かせる素養がございます。他のご令嬢方と同じように言葉という肥料を与え続ければ、必ずご自身の力で開花されるでしょう」
頬がひきつらないように細心の注意を払ってそう微笑めば、フェルディナンド様はガラスビーズを弄りながら翡翠の双眸を細めて笑う。家庭教師仲間を相手に及第点というところか。
「ですので……フェルディナンド様も、守秘義務の範囲を緩めすぎないようにお願いしますわね?」
友人のホーエンベルク様への軽い情報漏洩は知っているので、そこをちょっとだけつつくと、彼は「仰せのままに」とおどけて見せた。




