▣幕間▣正反対の同系統。
フェルディナンド視点です(*´ω`*)
借り暮らし中の部屋の暖炉の火が弾け、この季節らしい音を奏でる。
ひょんなことから家庭教師の補佐役を請け負ってから早一ヶ月半。時間に縛られるのは嫌いな性分だが、意外なことにこの生活も悪くないと思っていた。
「ほらヴィー。これが今週の分だ。なかなか良く描けてるとは思うけど、いつも通り雇い主の情報は欠片も拾わせない。ま、悪く思うなよ」
まだピンで画板に張り付けてあった絵を数枚まとめて剥がし、向かい合わせた席で脚を組む友人へと手渡すと、奴は紙が指先に触れるかどうかというところで、サッとこちらの手から絵を取り上げた。
「無理を言っているのは俺の方だ。相手やお前の不利益になる情報は必要ない。報酬は前回と同様に実家の領地のワインでいいのか?」
「もちろん。昔からなんか好きなんだよなー、ヴィーのとこのワイン。よそと製法が違ったりするのか?」
「いや、そんなことはないと思うぞ。そもそもあれは母上の差配で作っているから、俺も詳しくは知らんのだ。弟なら何か知っているかもしれんがな」
そう言った友人の瞳にフッと影が落ちる。話題選びに失敗したと内心舌打ちをするが、一度舌先から離れた言葉は混ぜてしまった絵の具と同じく戻らない。これだから人との会話は億劫だ。濁った絵の具は捨てることができても、言葉はどうしようもない。
歴史が古く自由気ままに自らの美学を磨く家柄のフェルディナンド家と、歴史が浅く幼い頃から厳しく育てられてきた武門の家柄のヴィクトル・ホーエンベルク。学生時代に知り合ってから今日まで、真逆の性格でありながら何となく馬が合う腐れ縁だった。
家の存続のために学園を卒業せずに従軍したこの男には、そこまでして守ろうとした居場所がもうない。おまけに歳の離れた弟を当主に据えたことを気にして、実家に帰ることを躊躇うような馬鹿だ。
オレは昔からよく芸術に疎い友人の意外に繊細な心を傷付けてしまう。これは何もオレに限ったことではなく、いわばフェルディナンド家の人間の持つ持病のような特性だった。おかげで同じような芸術にかぶれた連中とでないとつるめない。
だがそんな二歳上の友人にもどうやら最近気になる異性ができたらしい。それが現在家庭教師の補佐役を務めているベルタ・エステルハージ嬢である。ここにオレが一時的に居を構えてから、こいつは王都から雪の中を二週間に一回訪問するようになった。
遅めの春――……と言いたいところだが、実態はそんな甘酸っぱいものではなく、将来的に自身が家庭教師を務めている立場の弱い第二王子の伴侶に、彼女の教え子を推挙したいという目論見が見え隠れしていた。
この一見無意味に思える情報の少ない絵の観察も、オレが写実的に描く彼女の表情や雰囲気から人格を見極めるとか何とか理由をつけている。人相見ができるという特技を聞いた記憶はないんだけどな。
本屋で探し物に付き合ってくれた彼女は一言で言えば変わり者だ。それに彼女もこいつが誰の家庭教師をしているかは知らないようだったけど、明らかにそのことに気付いて牽制してきた。
彼女は数年前に社交界デビューしてからは一切王都に近寄らず、表立っては領地で父親の代わりに領主代行をしている才女だと聞くが、裏では妹と両親との見目の違いを気に病んで領地に引き込もっているという噂まであった。
ま、実際に会って会話をしてみれば、後者は根も葉もない馬鹿げた噂だったのだと分かる。あれはなかなか面白いご令嬢だ。少し言葉を交わしただけだったものの、本人に自覚はないのだろうがかなり人たらしの才があった。
自分でも無自覚だった褒められたいところを的確に褒めてくる。それも本当に心底からの言葉だと思わせる熱量で。上昇思考を潰すか、活かすか。そういう危険な感じのする人物。
エステルハージ領といえば領地はそう広くないものの比較的土地がいい。片田舎なので景色もいいから、うちの一族の人間も昔誰かが写生に行ったようで、古い油絵の中に何枚か残っている。彼女の治めていたという土地を、是非オレも機会があれば一度訪れてみたい。
「これは……彼女の目が死んでるように見えるが。この前後に何かあったのか?」
ペラペラと絵をめくっていたヴィーが、ある一枚に目を留めてそう訊ねてきたので覗き込んだが、その直後に唇が愉悦に歪む。
「あー、自分の見目に自信がないって直前まで抵抗されてね。でもま、可愛い教え子ちゃんのおねだりで大人しくなったよ。教え子のデッサン練習の手前、嫌そうに見えないように装おうとしてたけど、オレの腕をもってしても目が死んだ」
「……そこまで酷い構図でもないと思うが」
「可愛いものが似合わないからって、最初は縫いぐるみで顔を隠してたくらいだし、妹は今年社交界の話題をさらったあのアンナ・エステルハージ嬢だろ? あそこは姉妹だっていうのに、顔立ちがまったく似てないらしいな」
「ああ……まぁ、確かに似ているとは言えないが、血縁者なのは分かるぞ。妹といるときの方が彼女の雰囲気は柔らかくなる」
そう無意識に零した言葉と表情の揚げ足を取ろうかどうか一瞬悩んだものの、オレとのさっきの会話で開いた傷口が塞がっているようなので口をつぐむ。流石は気心の知れた友人だ。正反対なのに昔から興味を持つのものは同じなんだよな。




