*6* 得意を伸ばす!教育の細分化。
ふと見やった十二月の窓の外は雪で真っ白に染まり、空は毎日鉛色の雲に覆われている。前世でこんな寒々しい季節を生きるために必要なのは、想像力と芸術だと語るネズミの絵本があったなと思い出す。
手にした読みかけの便箋には領地のアンナから冬支度が済んだことや、王都の出版社から翻訳本を出して欲しいと頼まれたこと、例のぽっちゃり子爵の子息からファンレターが届くようになったことなど、小さなものから大きなものまで様々な情報が記されてある。
というか、ぽっちゃり子爵の話をもっと詳しく知りたい。これは大きな事件の方に入りますよ。姉さん事件ですって教えて欲しい。
可愛い妹にファンレターを送るふりをして、ジワジワ仲良くなろうとする腹黒なら父の手を借りて遠ざけたい。でも純粋にファンとして交流するうちに妹との仲が進展するとかいうのなら、姉として滅茶苦茶応援する。
そんなことを考えていた私が窓の外から視線を室内に戻せば、そこには瞳を興奮で輝かせる教え子と、新たな専門職教員の姿があった。季節的に領地から手が離せるようになった一ヶ月前から特別授業をしてもらっている。
「今日はこのウサギの縫いぐるみを描いてみよう。角度はどこからでもいいからひとまず十枚。デッサンってのはつまらないけど、何でも基本が大事だから」
「は、はい!」
「うんうん、良い返事。素直でよろしい。描けたらいつも通りこの題材に使った縫いぐるみは君のものだよ、お姫様。それじゃあひとまず始めるか」
……端で聞くと少し背筋がざわつく発言も、憧れの人から聞くと嬉しいものらしく、教え子はうっすらとまだ柔らかそうな頬を染めて頷いた。そしてパッとこちらを振り向いて手を振ってくる彼女に微笑み、頷いて見せる。
ベルベット製のウサギの縫いぐるみは、さほど縫いぐるみに興味のない私から見ても可愛い。題材は毎回彼が持参する。今日の狐色の毛に右が赤、左が青の瞳というウサギとしては一風変わった配色も、芸術家肌の彼らしくて悪くない。
新たに加わった講師のエリオット・フェルディナンド子爵。主にゲームの中では育成お助けキャラクターとして登場し、芸術とダンスのレベルを短期間で飛躍的に上げてくれる。偶然とはいえこんなに序盤で隠しキャラ的な彼の存在を発見できたことは僥倖だ。
フェルディナンド家は芸術家を多く輩出する一族として有名で、絵画や音楽、ダンスに詩など様々な分野を極めており、彼の一族の作品はどれも市場で恐ろしい価格で取引される。たとえ領地にこれといった特産がなくとも、フェルディナンド家の財は揺らがないのだ。
おまけに本人が『面白そうだし』という理由で引き受けてくれたので、講師として雇う賃金は一般的な家庭教師と同じ費用である。
コーゼル侯爵はしきりに王家のお抱えの話すら躱してしまう一族の長子を、どうやって勧誘したのか訊ねてきたけれど、頼んだら頷いてくれたとしか言いようがない。もしくは本を見つけたお礼だろうか。
実際彼はどのルートで出会ってもかなり協力してもらうのが難しい。ゲームでは芸術家らしくひどく気分屋で協調性がなかった。貴族らしからぬ砕けた口調なものの女性には優しく、芸術家仲間以外にはあまり親しい人物はいない。自身の興味のないことには指一本動かさないキャラクターだった。
そんな彼がこの早い段階で協力してくれているのは、恐らくゲームでは存在を見かけなかったものの、彼の友人であるというホーエンベルク様のおかげだろう。本屋で偶然何らかのイベントを起こしてしまったらしいけど、どの分岐を選んでしまったのか分からないのが怖い。
『ああ……俺も一応同業だ。だから貴方の会話を聞いていると、生徒を持つ教育者として勉強になる。前回はどんな授業内容なのかそちらの生徒に直接聞いてみたかったのだが、驚かせたようですまない』
あの発言を聞いたときに思ったのは“ちょっと待て。同じ教育者? 伯爵なのに教育者なのこの人?”と“変態だと勘違いしてごめん”だった。しかしともすれば尚のこと、伯爵を教育者につけられるような地位の人の下で働いてる自慢でもない限り、非常に地雷の予感がする。
現時点でアウローラは全然教育が足りてないはずなのに、何か分からないけど変な方向にルートが開きかけてる気がする。あの人がどういう人物の家庭教師なのかは知らないけど、男性の家庭教師をつけられているなら生徒は子息。
しかも伯爵位を持つ人物に教えを乞うレベルの家の子だ。もしやこの流れは婚約者候補のキャラクターの一人? これまでの失敗から学んで、感覚的なものではあるが第一王子ルートに入らないようには調節してある。知力と芸術を伸ばしたせいでルートが成立するキャラクターがいるのか?
いや、もしかすると全くゲームのシナリオに関係ない上級貴族の子息である可能性もあるが。だとしてもまだ目をつけられたって太刀打ちできない。
先のことを考えて頭を悩ませていたら、いつの間にか俯いてしまっていた視界の中に、男性用の靴の爪先が映っている。顔を上げるとそこにはフェルディナンド様が立っていた。
「そんな難しい顔してどーしたの?」
「難しい顔……ですか?」
「そ。こーんな顔」
そう言って眉間に皺を寄せた彼の表情は、元がいいはずにも関わらずなかなか面白い顔になっている。元が平凡な場合はまぁ、お察しいただけるだろう。
「アウローラ嬢が、大好きな先生がそんな顔してるから心配してウサギを観察できないんだよね。これは授業の妨害に繋がる――……ってことだから、ほら、君もこっちに来て。罰としてウサギを抱いて一緒にモデルになってもらうよ」
「ええ? あ、あの、ちょっとモデルには不向きな見た目なので辞退を――、」
「ダメダメ、罰だって言ったでしょ。君に拒否権はない。それにオレが君を描きたいんだよね。フェルディナンド家の次期当主に描かれる機会なんてそうないから、将来自慢になるよー」
「でも……そうだわ、アウローラ様の許可が――、」
「先生も一緒に描きたいって言い出したのは彼女だよ。分かったら諦めてさっさと座った座った」
そう愉快そうに笑いながら強引に手をひかれ、椅子を用意していた教え子に「上手に描くわね」と言われてしまっては、最早逃げ場もない。可愛いウサギを可愛いポーズで抱かされて描かれるという苦痛の時間は、私から悩みを奪って羞恥と疲労を植え付けたのだった。
ストックが切れたのと年末年始でバタつくので、
次回の投稿はちょっと空いて1月5日とさせて頂きます。
(*´ω`*)<今年もお世話になりました。皆様良いお年を♪




