*15* 深夜のお客様。
十一月まであと数日ともなれば流石に朝晩とても寒い。石造りの城ともなれば特に。深夜に書き物机に向かいながら足許に置いた簡易ストーブで暖をとっていても、容赦なく爪先や指先を凍てつかせる。
ロロさん達のいる大部屋に、この城内で使っていない部屋の防寒アイテムをまとめて置いてきて良かった。皆でくっついて眠るところはたぶん冬ごもりのリスみたいだろうなと想像し、羨ましさからちょっぴり泣ける。
タペストリーや絨毯などの調度品が整えられていようが、寒いもんは寒いのだ。狭すぎる部屋もあれだけど広すぎる部屋も考えもの。室内全体を暖めようにも簡易ストーブではとても間に合わない。
とはいえ、この部屋の暖炉はもしかすると深夜に来客があるかもしれないから火を入れられない。慌てん坊のサンタクロースは実際にやったら、埋み火やら燃え残りで大変なことになると思うんだよね……。
結果として“堪える”以外のコマンドがない状態で、一人黙々とイザークの書いた脚本を添削している現在は深夜の一時。肌のことを考えても、今日の作業内容を考えても、健康面を考えても、そろそろベッドに潜り込むべきだ。
「せめてホーエンベルク様に頂いた乗馬手袋があればなー……」
上質な革手袋は季節によって違う素材のように感じる。特に豚革。夏は長時間使うと流石にペタペタするけれど、それでも優しい柔らかさと他の革手袋より通気性に優れているところが良い。冬場は逆に保湿力があるのか温かいのも魅力。
しかしいくらあの滑らかな肌触りの革手袋を思い出したところで、ここに実物が飛んでくるわけでもない。諦めてもう寝ようとペンを置き、指先に吐息を吹きかけていたそのとき、カリカリと何かを引っ掻くような音がした。
聞き覚えというか、身に覚えのあるその音の出所に慌てて椅子から立ち上がったものの、寒さで自由のききにくい脚が絡まってもたつく。その間にも引っ掻く音は盛んになり、ついにはゴトッ、と鈍い音を立てて暖炉の中から手が現れた。
簡易ストーブの灯りで陰影を濃くする手。テレビから貞○の現象。
――初日のイザークはよくこの状況で悲鳴をあげなかったな。土や古い煤で汚れた手が急に何もないところから出てきたら、普通に驚くと思うんだけど……。
一応私と同じこの隠し通路を辿ってきた人なら味方のはずだけど、万が一に備えて机の上にあったペーパーナイフを手に暖炉へと近付く。刃引きしてあるとはいえ尖っているから突き立てる分には遜色ない。
「ええと……こんばんは。これはどちら様の手かしら?」
手が生えている暖炉へ挨拶する姿はかなりシュールだとは理解しつつ声をかけると、ペタペタと隠し扉の開け方を探っていた手がピタリと止まった。そして――、
「“え、その声、そこにいるのって……もしかしてベルタ先生?”」
「はい、そうですわ。その声はフェルディナンド様ですね?」
「“そーだよ。でさ、格好良く助けに来たよって言いたいとこなんだけど……ここ開かないんだよね。これってそっちから見てどうなってるの?”」
「ああ、少し待っていて下さい。すぐに開くようにしますから」
隠し扉の向こう側から聞こえてきたあからさまにホッとした声に、手にしていたペーパーナイフをそっと机に戻してから、何事もなかったように壁にある仕掛けを解いた――と。
「うわっ?」
「――おっと、と、大丈夫ですか?」
向こう側で壁にもたれかかっていたのか、直後に倒れ込んできたフェルディナンド様を慌てて正面から抱き留める。自分より背の高い男性だというのにそうと感じさせない体格は、触れてみると意外に骨っぽくて驚いたけど、地下道を通ってきたことで染み付いたのだろう苔むした匂いに苦笑してしまう。
すると笑ったことに気付いたらしい彼が「ははっ、ベルタ先生を助けに来たのに助けられるとか。オレ格好悪いねー」と耳許で笑う気配がしたと思ったら、今度は逆に抱き締められて。
「アグネス嬢に頼まれて迎えに来たよ。彼女は宿でガルが護衛してくれてるとこ。適材適所の人選じゃないけどさ、絵描きが助けに来る脚本も新鮮じゃない?」
そんな風に強がって見せるくせに寒さで歯の根の合わない彼の言葉で、久しぶりに心からの笑みが浮かんだ。




