▣幕間▣小説(手紙)より奇なり。
「――よし、妙な物は積んでいないな。行って良いぞ」
「だから最初からそう言ってるじゃん。オレただの非力な絵描きだよ? ま、でもそっちはこれが仕事だもんなー」
「ははっ、そう言うことだ、悪いな兄ちゃん。それにそっちの愛想のないリベルカ人のボウズは護衛だろ? 調べずに通すわけにはいかんのさ。しかしあれだ、変わり者のご主人に感謝して護衛頑張れよ」
「……ん」
「コイツ人見知りでごめんねー? それじゃ、お仕事ご苦労さまー」
厳つい見た目に反して気の良い男はそう言って笑うと、ふと思い出したように「あ、ちょっと待ってくれ。いま何か手頃な値段の小さい絵とかあるか?」と聞いてきた。
目的地はもうここを越えればすぐそこだけど……先を急いているとはいえ、いまのオレの肩書きは“非力な絵描き”だから無碍にもできない。
「あるよー。一番小さいのだとポストカードサイズになるけど良い?」
「おお、あるのか! 欲しいのはちょうどそのサイズなんだよ。家が狭いんだけどよ、女房が食卓の壁に何か絵が欲しいって言い出してな」
「成程ねー。食卓と生活の彩りは夫婦円満の秘訣ってわけだ。じゃあ奥さんのお眼鏡に叶うものがあるか分かんないけど、ちょっとだけ見せちゃおっかなー」
「足止めしちまってすまんな」
「別にー。こっちは絵を描きながらの旅だし、買ってくれる客がいたら荷物も減るからちょうど良いよ」
変に渋って不信感を買うのもなんなので、馭者席に相乗りしているガルの頭を撫でてから、小さい幌を張った荷台に移る。内心目眩まし用に屋敷で埃を被っていた作品を幾つか積んでおいて良かったと、密かに胸を撫で下ろす。
適当な大きさの額装もしていない水彩画とパステル画、素描と油絵を無造作に選んで荷台から出ると、男は嬉しそうな顔で待っていた。そんな男に絵を手渡して選ばれるのを待つ間は不思議と苦ではなくて。
一枚絵をめくるたびに厳つい男の表情が、真剣だったり和んだり笑ったりと変わる様は、見ていて不気味ではあっても絵描き冥利に尽きる気がした。オレ程度の技量の奴も画力の奴もざらにいるし、例えばミステル座のポスターでもなきゃ誰かの心を揺さぶれるような大したものは描けない。
いま王都でちょっと持て囃されているのは、ベルタ先生とミステル座、それからアグネス嬢のおかげだって分かってる。実際少し王都から離れただけで無名の画家と言っても誰も疑わない。
なのにそんなオレの絵を大切そうに一枚ずつ悩んで選ぶ様に、ここ数日間続いてきた緊張の糸が緩んだ。そんなこっちの気配を察したのか、馭者席のガルがフードを持ち上げて男の手にある絵を覗き込んでいる。
あの妙な手紙が届いたのは、ベルタ先生達が潜入先のリストの街に向かってから割とすぐのことだ。ミステル座の公演も期間の中盤を少し過ぎ、次回作の舞台設営についての話をしに劇場まで出かけて屋敷に戻って、執事に出迎えられた直後に受け取った。
王都から直線距離にして馬車で四日かかるのに、速達書簡で二日で届いたとはいえ手紙が書かれて投函された日付は、彼女達が街に到着した五日後。日数にしてたった九日程度滞在しただけなのに――、
“ああ、困ったわどうしましょう……。ルイズがこちらで知り合った脚本家の青年とその日のうちに恋に落ちたようで、昨夜突然駆け落ちしてしまいましたの。彼女のお父様にどうぞお伝え下さいませ。わたしはこちらで彼女の行方を探しつつ、心許ない路銀で迎えをお待ちしておりますわ”
――とかって、こんな風に思うのは悪いけど……十代の娘が書いたあんまり上手くない恋愛小説みたいな、何ともむず痒い内容の手紙だった。
おまけに手紙を受け取ってからすぐに出立したら四日でつけたのに、焦ったオレはヴィーに手紙を見せようと直接登城した。政敵のいない抜け道を通って到着した部屋には、まだ仕事の残っていたヴィーと王子様達が同席中。
当然のごとく普段はほとんど城に顔を出さないオレが乱入したことで、ヴィーだけじゃなく二人からも話を引きずり出された。ヴィーはさておきてっきり手紙の内容に狼狽えるものだと思っていたら、そんなことは全然なくて。
何と言うのかまだ子供に見えても王族だなと感心したり、ヴィーが一旦家庭教師の任を辞して騎士に戻ることになったりと一時的にバタついた。ガルに聞いたらそのときミステル座でも大騒ぎだったらしくて、結果的に出立が遅れたわけだ。
――で、そんな中で潜入救出に抜擢されたのが子爵家子息で絵描きなオレと、元の職場近郊の道案内兼護衛にガル。ベルタ先生も一緒に救出できるにこしたことはないけど、目下の心配はアグネス嬢というのが皆の総意だった。
路銀が尽きて腹を減らしてたら可哀想なのでもうそろそろ行きたい。そう思っていたらやっと選び終えたのか、丁寧に元のように並べ直した絵をこっちに差し出してきた。
「これと……これも頼むよ。どっちも行ったこともないのに懐かしくなるような良い絵だな。アンタの絵、芸術に疎い俺みたいなのでもどれも欲しくなっちまう。もしかしてどっかの有名な画家さんかい?」
「お、嬉しいこと言ってくれるねー。でも金額は負けないよー?」
「馬鹿言え、値切るつもりなんてあるもんか。俺が支払った金を旅費の足しにして、また良い景色を描いて来てくれよ」
目尻に笑い皺を作ってそんな風に言う男が買ったのは、どちらもエステルハージ領の風景画だった。チラリと目があった馭者席のガルも自慢気だ。
「毎度あり。奥さんとその絵、大事にしてくれよ」
その場で咄嗟に思い付いた売値を口にして受け取った金を財布に、馭者席に乗り込んでそう言うと、男は頷いて手を振って見送ってくれた。荷馬車がゆっくりと動き出す。けどいくらも走らないうちに車輪の音に混じってオレとガルの腹の虫が鳴いて。
ガルと街に入ったら先に飯だななんて言ってたら、手紙の消印があった近所のパン屋で、パンの売り子をやってるアグネス嬢を発見したのだった。




