*3* 手のひら返しの見本市。
「はい、じゃあ確かに王都宛の手紙が一通と、エステルハージ領宛の小包と手紙を一通お預かりさせて頂きました。天候によって配達期間に誤差が生じたり、道中悪路があった場合は多少荷物に痛みが出ますので、そこのところはご了承下さい」
「ええ、分かりました。よろしくお願いしますね」
コーゼル領に来てから一ヶ月半。すっかり顔馴染みになった郵便屋さんは、愛想良く「任せといて下さい」とカウンターの向こうで笑って請け負ってくれた。郵便屋さんに手を振って建物の外に出た私が次に向かうのは、授業に使う教材を扱っている本屋だ。
片田舎のエステルハージ領とは違って、ここコーゼル領は王都から比較的近いために本の種類も豊富で、取り寄せたり入荷待ちしなくても新しい本が手に入る。妹に送った外国の本も故郷だと入手が難しいが、ここでなら棚の端から端まであるくらいで、彼女が気に入りそうなものを見つけては買い漁っていた。
ただ店内で見るのは貴族階級や商人階級の人達ばかりだから、まだまだ都市部では民衆の識字率と収入の壁は越えられないみたいだ。とかくこの世は世知辛い。
いつもならそんな本屋で適当に良さそうな教本を見繕い、文を書き加えたり図を差し込んだりしてコラージュ教本を作るのだけど、今日からは違う。さっき出した手紙にはようやく雇い主夫妻と話を詰めたそのことについて書いてあった。
『エステルハージ嬢、貴方には本当に感謝してもしきれない。あの娘がまさか人前に出られるようになるとは……これはもう奇跡だ』
『もしも先生さえ良ければ半年の契約を二年……いえ、四年に伸ばしては頂けないかしら? 娘がこんなに家庭教師に懐いたのは初めてですの』
『勿論この話を受けてくれるというのなら、我がコーゼル家は後ろ楯として援助をさせてもらう』
第一関門だったアウローラの誕生日パーティー翌日、私はそんな見事な手のひら返しを見た。明らかに手に余って教育を投げかけていた侯爵と、最早アウローラを娘として扱う気が失せていた夫人。
一応謙虚さを演じつつ理由を訊ねれば、翌日からアウローラに婚約話がチラホラ持ち上がっているという。要するに“思ったよりもマシだったからキープするか”ということなのか、それとも侯爵家の娘なのだから、もう少し大きな魚がかかりかけたか……どちらにせよ皆様なかなかなものである。
前世のプレイ中に何回か見た記憶があるルートなので、これはまぁ、想定内の事態だ。少し発生時期が早すぎるけれど、こっちのイベントはまだいい。ただわざわざ雇う時期を四年間――……アウローラが十二歳までの指定という方が気になる。
シナリオ内には十三歳で貴族が通う学園に入学する話が持ち上がるルートもあり、そっちのルートに入ってしまうと教育放棄とみなされてバッドエンドだ。教え子と出逢う歳が早かったとしても油断するなということか……。
しかし周囲の手のひら返しは教育者としては名誉だ。子供の立場を考えると大人がクズすぎるけれど、私の今世での目的がループし続ける破滅待ったなしの第一王子ルートから教え子を逃がすことである以上、誰か他の婚約者候補が出てくるのはありがたい。
その中にロリコン疑惑のあるホーエンベルク様の名前がなければさらにいいけど。たとえ篩にかけるのがあの両親でも、これまで見たどのルートでも断罪しかない第一王子よりはマシ。
いや、もしかしたら私の育成が間違っていたからなのかもしれないけど……そこには目を瞑る。失敗を何度も思い出すと、用心深くはなれる。しかし同じ失敗を恐れるあまり同じ沼にはまるのだ。
それに、何にしても――。
「今日から私はあの子の本当の先生になれるんだから、頑張らないとね」
そう独り言を口にしつつ立ち止まった目的地の前で、気合いを入れるために両頬を叩く。力加減を間違えたのかやや痛かったけれど、気合いを入魂するならこれくらいでちょうどいいはず……と、痩せ我慢をして本屋に足を踏み入れた。
右を向いても、左を向いても、アウローラが興味を持ちそうな本がたくさんある。これらを色々買い求めてたった一人の教え子のためだけに一冊分に纏め直す作業は、パソコンがないこちらの世界だと手書き一択で大変だけど、その苦労も教えていると実感できるせいで充実感に変わるからよしとしよう。
以前から目をつけていた数冊の背表紙を本棚から探し出し、一冊ずつ腕に抱えていく。分厚かったり、薄かったり、背が高かったり、低かったりと定型ではない本達は、抱えている間にだんだんと腕の中でずれてくる。
店内にぎっしりと詰まっている書棚同士の幅はそんなに広くないので、身体を捩って抱え直しながら視線の先に捉えた背表紙に手を伸ばしたそのとき、誰かが背後からヒョイとそれをかっさらった。
反射的に振り返った先に立つ人物を斜め下から見上げて凍り付く。
「取りたいのはこの本で良かったか、ベルタ嬢?」
そう言って親切に本を差し出してくれた人物は、またあの油断ならない瞳で手にした本の背表紙の題名を見て微笑んだ。




