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転生家庭教師のやり直し授業◆目指せ!教え子断罪回避◆  作者: ナユタ
◆第八章◆ 

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*9* 女子旅します。


「空が高いとあの圧迫感も魅力になるのね……」


 昼下がりの潜入経路確認から六日後。


 私は王都から直線距離にして馬車で四日かかる、ランベルク領のリストという街にいた。


 公爵家領にもかかわらず王都から四日もかかるところを鑑みるに、ただの下級貴族な田舎者のうちとは違い、ひとえに代々王家にとって信の置けない一族なのだろう。まぁ、単にこの国の王家が猜疑心が強すぎるからかもしれないけど。


 十月も中旬の陽射しは夏の陽射しよりも地面に落とす陰を朧にし、あまり美術に造詣のない私から見ても世界を芸術的に彩る。だけど何よりも遠近感を狂わせる質実剛健な領主の住まう古城。


 王冠のように無数に(そび)えるターレットは、あの城がもしものときは城塞になるということを表している。明るい時間帯に近付くことはできないものの、城下街からでもこれだけ大きく見えるということは、中はとんでもない広さになっていることだろう。


 けれど高い秋空の下に聳える城は物々しくも美しくて。思わずぼうっと見惚れていたらクイッと袖口を引っ張られた。


「ルイズ、お城ばかり見てないで次はあっちのお店を見てみましょう~?」


「彼女の言う通り城なんてこの街のどこからでも見えますし、珍しいものでもありません。あと観光を楽しまれるのは構いませんが、そろそろ一度どこかで休憩しませんか? 普段外を出歩く習慣がないので疲れました」


「まぁまぁ。脚本家先生は体力がありませんわね~。知り合いの絵描きさんの方が体力があるくらいですわ~」


「はぁ……文字屋に体力を求めないで下さい。そもそも絵描きだってさほど体力なんてないでしょう」


 振り返った先で繰り広げられるやり取りに苦笑しつつ、再会したばかりの相手と親友に「私も喉が渇いたところです」と伝えれば、自身を“文字屋”と称した彼が頷き、踵を返して歩き出した。


 その背中を親友と並んで追いかける。きちんと整備された石畳、大通りの両側に並ぶ店舗はどこも清潔で美しく、あんな男が領主であるにもかかわらず意外にも穏やかで。この街に辿り着くまでに点在していた町や村も賑わっていた。


 潜入初日にアグネス様を宿に残し、一人深夜の地下道を抜けた末に出た先の薄暗い部屋。暖炉の中から現れた侵入者に怯えることなく『思っていたよりも遅めのご来訪でしたね』と待ち人……イザークは言った。


 手土産代わりに持参した、途中降板を余儀なくされた舞台の最終公演の話をして聞かせ、無感動にその最後を聞き終えたあと。


『あの舞台は自分がどのように演じられるのか少し興味があったのですが……観る前に終わってしまったのですね。他者から見る自分とあの男が似ているかどうか知りたかったのに、残念だ』


 そう熱の籠らない言葉を口にした彼が手にしていたのは、こちらの持参して来なかった舞台の記事が載った新聞だった。


『あの男は野心の器です』


『野心の器……ですか?』


『そのままの意味ですよ。野心をただなみなみと注ぐことにだけ熱心で、その実本人ですら器を満たす野心の使い道なんて知らないのですよ。愚かなことにね』


 こちらが馬鹿みたいにオウム返しに尋ねた疑問へ、周囲が明るい時間帯ならば愚かな野心の器と瓜二つの青年は、感情も抑揚も抜け落ちた声音でそう言った。


 ふとそんなことを思い出して、先を進む背に「この街はとても平和ですね」と声をかけると、彼は背を向けたまま「ええ、悔しいことに」と言った。


 二日前の……厳密に言えば三日前の深夜に『あの男は野心の器です』と言ったあの調子と同じ声音で。


「わたしももっと陰気で危険な街だと思っておりましたから、こうして女二人旅ができるほど治安が良いなんて思ってもおりませんでしたわ~。貴男が一人でうろつけるくらいですし、随分長閑(のどか)で良い街ね~」


 往来の端っこを歩いているとはいえ、地元の人間が多い場所でこういうことをポロッと口にしてしまう辺り、突然お嬢様育ちが顔を出すのも考えものか。


 幸い誰にも聞き咎められていなかったから良いけど、地元愛の凄い人に聞かれていたりしたら面倒なことになりそうかも。あとで注意しておかねば。


「……お褒めに与りどうも。ですがボクが一人でうろつけるのは、何もこの街が長閑だからではありませんよ。捨て駒に割く人員がいないだけです。とはいえ屋敷の人間がボクに無関心なおかげでこうして自由がきくのですが」


「ええ本当に。貴男の案内を得られたことは、私達にとっては幸いでした」


 ちなみに旅の同伴者にアグネス様を選んだのは、純粋に女二人旅だと警戒される可能性がガクンと下がるからだ。ホーエンベルク様達には大反対されたけれど、やっぱり穏便に動くのは大切だからね。


 何より純粋に旅行を楽しんでくれているので疑われにくい。というか私も潜入捜査だと分かっていつつも、友人との旅行に若干浮かれ気味。その結果いまの私達はどこからどう見ても、現地の人に道案内を頼んでいるTHE・観光客である。

 

 一瞬だけこちらを振り向いた彼が「人の多い表通りは疲れるので、裏通りに入ります」と言う。私達が頷くと彼は宣言通りに道を折れて、静かで古いお店の多い裏通りに入った。


 こちらの通りは少し埃っぽいものの下町の風情があって、ちょっと旅行上級者気分にさせてくれる。ステータスが見える訳でもないのに、隣で密かにアグネス様のテンションが上がるのを感じた――と。

 

「あの男にとって領民など自身の領地(箱庭)を整える人形と同義です。ただ、庭を美しく保つことには熱心なんですよ」


 表に飾れる人形(領民)と、表に飾れない人形(奴隷)。同じ形でもその扱いの違いは雲泥の差がある。歪な平和と犠牲の上にある幸せ。


「けれど肝心のその人形達は幸せそうですし、わたし達は悪いところを報告しないといけないのに複雑な気分ですわね~」


 ほう、と悩ましげな溜息をつくアグネス様に同意して頷けば、前を歩く彼から「ご心配頂かなくとも、深夜には悪いところもお見せできますよ」と抑揚のない声が返ってきて。


 その言葉に「まぁ、それはとても楽しみです」と返した私の言葉を背中で受けた彼からは、ほんの微かに笑う気配がした。

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