*2* 秋薔薇と玉虫色の返事。
アウローラの八歳の誕生日を祝うガーデンパーティー当日。
申し分のない秋晴れのもと和やかに始まった祝いの席に、去年まではいなかった主役の姿をみとめた来客達は、ちょっとだけ様子の変わった教え子の容姿や所作の美しさを褒めた。
――とはいえ彼等や彼女等の瞳には小さな教え子を値踏みする色が見て取れ、私は微妙に面白くない気分だ。何というのか、こう……大人が子供を見る目ではない。そんな親達に連れて来られている年長の子供達にしてもそうだ。
たとえるなら不動産屋が将来的に収益が見込める物件かを図る感じだけれど、これに関しては侯爵夫妻的にも言える。これは今後のアウローラの商品価値を見定める場なのだろう。侯爵家くらいになるとシビアだね。
それでも春よりも深みのある秋薔薇が薫る庭園には、白々しくもお上品な笑い声が響き、私を教え子の精神安定剤として出席させている侯爵夫妻も、娘の客人への対応にご機嫌の様子だ。
ちなみに身バレしていない弱小子爵家の令嬢である私は、気配を殺して教え子が常に視界に私を入れられるよう、会場内をうろうろしている。何で育成ゲームの世界で隠密のような真似をしているんだろうという疑問は捨てた。
家庭教師がいなければまともに挨拶もできないと思われるのは、私も侯爵夫妻も嫌なのである。両者の嫌の理由は恐らく真逆であるが、利害が一致している分には問題ない。
人前に出てくることのない深窓のご令嬢に挨拶をする人が途切れないものの、時折こちらを盗み見てはにかむアウローラに、私も小さく手を振り返す。
――と、アウローラへと挨拶に近付いて行く人物の中に、赤みをおびた金髪の後ろ姿を見かけた。その色を最近どこかで見かけた気がするので、良くある髪色なのだろうかと思っていたら……。
アウローラがこちらを気にしていることに目敏く気付いたらしい相手が振り返り、こちらを見て動きを止めた。その瞬間、私の方は息が止まった。
何でここにホーエンベルク様がいるの……って、近隣に領地がある身分の高い人なら私がここにいるより不思議じゃないのか。取り敢えず距離はまだある。ここは“目があったりしていませんよ~”作戦で人の中に紛れてしまおう。
私は父親との約束をきちんと守れる良い子ですから。そうと決まればさっさと退散! 先生あとでちゃんと戻ってくるからね教え子よ!
支給品のお高いドレスを優雅に捌いて身を翻して来客達の中へと身を隠し、なるべく不自然さを持たれない程度に、アウローラと勉強をする際に使用する四阿へと移動した。
会場よりやや奥まった四阿に人影がないことと、後ろから追ってくる人物がいないことに安堵し、緊張でうっすらと汗をかいてしまったので汗が引くまで座って休もうとしたそのとき――。
「ああ、やはりベルタ嬢でしたか」
私が来た方向と逆の方向から現れた長身の人物は、屈託のない笑みを浮かべてそう言った。心の中に“ベルタは敵に回り込まれてしまった!”という一文が浮かんだ。育成ゲームなのに今度はRPGの世界なのかな?
「まぁ、ホーエンベルク様。お久し振りでございます」
動揺する内心を抑えてサッと立ち上がりカーテシーを取ると、彼も応じて礼を返してくれた。彼の方が家格が上なのに随分丁寧な礼だと少し感心する。しかも「ご一緒しても?」と先回りされては、ここからすぐに立ち去ることもできなくなってしまった。
「まさかこんなところでお会いするとは思いませんでした。貴方もコーゼル侯爵から招待を?」
……ほらきた。彼も上級貴族だもの。侯爵家の催しに子爵家の人間がいたらそれは勘繰るよ。でもこっちにも職業柄守秘義務がある。
「いいえ、今日こちらに招待されている方のお子様の付き添いですわ。ホーエンベルク様はコーゼル侯爵のお知り合いだったのですね」
「知り合いというか……俺はこの領地の近くに自領があるので、ご息女の誕生日に招待されたというよりは近所付き合いの延長だ」
やっぱりそうだよね。しかし自領が近くて……って、規模が広いよ大きいよ?
「そういえば以前家庭教師を引き受けていると言っていたな。しかし付き添いが必要な年齢の子はいなかった気がするが」
「ふふ、そう思われるのは男性だけですわ。子供は大人が思うより、ずっと繊細なのですよ」
「成程、興味深い見解だ。俺は発想が貧困だな。貴方と話していると勉強になる。いや、むしろ見習わなければならないな」
「子爵家の人間を見習うだなんて、ホーエンベルク様は充分に発想が柔軟ですわ」
「そんな謙遜をしなくとも構わない。俺も本来は貴方と同じ子爵位だ。従軍経験があって、そのときの功績でたまたま上層部の目に留まって爵位をもらった。だからそう畏まらないでくれ」
「あら、それこそご謙遜ですわ」
いや、戦争で子爵位から伯爵位をもらう功績を立ててる相手に畏まるなって無理だろう。畏まるわ。というか……一応社交辞令として微笑んではいるけれど、あまりよく知らない人間と一緒の空間って居心地が悪い。
――とにかくボロが出る前にこの状況から脱出しないと。
「ええと……ホーエンベルク様。そろそろ教え子が不安がっているかもしれませんので、本日のところは失礼致しますわね」
この会話のぶったぎり方に無理がないとは言わない。でも実際に教え子の限界も近いはずだ。しかし嵩張るドレスの裾を持ち上げて立ち上がろうとした瞬間、彼の大きな掌に手首を捕まれた。紺色に近い青の双眸が、以前の夜会や四年前と同様の底の知れないものを秘めて私を映している。
「あの……ホーエンベルク様……?」
「ベルタ嬢、また会えるだろうか。貴方の生徒に興味がある」
――この人……私がさっき子守のいる子供って評したの聞いてたよね? まさか真面目な顔して変態なのか? 父が面倒と口走ったのは性癖のことで……もしや四年前は美少女と評判の妹が標的だった?
いやいや、無理無理無理。元子爵だろうが現高位貴族だろうが、変態に教え子に興味持たれるのなんて嫌です!
「そうですね……こうして偶然が重なれば。ああ、妙な噂が立ってはそちらの方にご迷惑がかかるので、ホーエンベルク様はもう少ししてから会場にお戻りになることをお勧めしますわ」
にっこりと微笑んで玉虫色の返事と共に手を引き抜き、相手の返事を待たずに踵を返した私は一切振り返ることなく、他に変態が潜んでいるかもしれない会場に教え子の救出のために引き返した。




