♕幕間♕醜い白鳥の子。
アウローラ視点です(*´ω`*)
四歳の頃。同じ歳の頃からお姉様たちを教えていた家庭教師がわたくしについたとき、彼女は『お姉様方はこれくらいすぐに憶えてしまわれましたよ』と、何度も言った。
その言葉を聞いて、当時五歳ながらも必死に教わったことを憶えようとしたけれど、元から気が弱くて分からないことをろくに質問することもできないのに、どんどん先に進む授業についていけなくなるのはすぐだった。
最初はおっとりしたわたくしに厳しい家庭教師が合わないのだろうと、お父様は家庭教師を穏やかな人に変えて下さった。けれどその穏やかな家庭教師も、先の厳しい家庭教師のように『お嬢様にはまだ難しいのかもしれません』と、やんわり辞退してしまう。
その次に雇われたのは自主性を尊重する家庭教師、姉のような家庭教師、乳母のような家庭教師と、次々に家庭教師は入れ替わっていったけれど……。結局どの家庭教師も、最後はわたくしの物覚えの悪さに辞めて行ってしまう。
いつしかお母様は、歳の離れたできが良いお姉様達とわたくしが並んで絵に描かれることすら嫌がられるようになった。お父様は、そんなお母様を宥めながらも、わたくしに直接言葉をかけて下さることはなかった。
上のお姉様とは一回り。下のお姉様とは十歳離れていたせいで、会話らしい会話を交わした記憶もほとんどない。
大きなお屋敷に生まれたから住まわせてもらっている。そんな風だったわたくしは当然人見知りで無能なまま、いつしか七歳になっていた。
その頃にはもうお姉様たちはお嫁に行って、コーゼルの屋敷にはでき損ないのわたくしだけ。家庭教師を探すことに疲れてしまっていたお父様が『明日、お前の新しい家庭教師が来る』と仰ったのは、社交界シーズンに入った五月の頃。
がっかりされる前に追い返そうとしたわたくしの言葉に、その人は笑って。
『初めまして、アウローラ様。私はベルタ・エステルハージと申します。今日から貴女の得意なことを見つけて、一緒に伸ばすお手伝いをさせて頂く者ですわ。新しいことを知る楽しみを、昨日できなかったことができたときの喜びを。私はこれから貴女に差し上げたいのです』
――あの日、あの言葉を下さったときからずっと、先生は、わたくしの世界の太陽になった。
***
「まぁ、凄いですわアウローラ様。前回躓いておられた問題が解けていますよ」
ドキドキしながら間違い直しの時間を待っていると、教本をめくっていた手を止めた先生がそう言って微笑んでくれた。元々たれ目がちな先生が笑うと、本当に柔らかい表情になる。緊張で肩に感じていた重みがどこかにいってしまう気がするからとても好き。
「だけど……その一問にすごく長くかかってしまったの」
「この一問をしっかり理解しようとなさったのですね。素晴らしい集中力です」
ベルタ先生は、決してわたくしに“お嬢様には難しすぎましたね”とは言わない。でも今までそう言った先生達は、物覚えの悪いわたくしに簡単でもいいから少しでも問題を解かせようとしてくれた。
「これが解けたのなら次はもっと難しいものが解けますよ。ふふ、次の教材を作るのが楽しみですわ」
でも、先生はこう。そしてこの言葉通り、次はもっと難しくなる。
「……新しいお話が聞きたいから、ほどほどがいいわ」
「解けるようになれば新しいお話が聞けますわ。そのために私ももきちんとお手伝いします。アウローラ様ならすぐに解けるようになりますわ」
先生は知らない。この言葉の一つ一つが心に降り積もって、どんなにわたくしを浮き立たせるか。先生は誰もくれなかった“できる”の言葉を、わたくしの手に持たせてくれる。
「明日は何ができるようになるのか、楽しみですね」
先日お父様が急に毎年出席しないでいいと言っていた誕生日パーティーに、今年は出席するようにと言ったけど……いつもお姉様達と比べられて愛想笑いを向けられることが怖かった。
最初は一緒に出席して欲しいと先生にねだって、礼儀作法に厳しい先生は階級の違いを理由に断られて。それをお父様がわたくしのワガママを叶えるように先生に頼んで、最後には先生も頷いてくれた。
――嬉しかった。
――けど、恥ずかしかった。
ワガママを言って困らせてしまったことが。当日先生に恥をかかせてしまうかもしれないと、急に不安になったことが。だから、誓うの。
「先生、わたくし……このあとは、お誕生日の挨拶が練習したいわ。来てくれるお客様にきちんとお礼を言いたいの。できるように……なるかしら?」
そう言ったわたくしを見て少しだけたれ目がちな瞳を見開いた先生は、すぐに頷いて「当然できますわ」と柔らかい微笑みをくれた。
わたくしはもう、恥ずかしい生徒にはならない。
わたくしはこれから、太陽の自慢になれる生徒を目指すの。




