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転生家庭教師のやり直し授業◆目指せ!教え子断罪回避◆  作者: ナユタ
◆第七章◆

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*8* カウンター発動。


 普段よりもしっかりめにした化粧のおかげですっかり見えなくなったソバカスを撫で、いつもと違う髪色になった鏡の中の自分を伊達眼鏡の下から見つめる。眼鏡をつけると目付きの悪さも和らぐし、きつくひっつめた髪型はいかにもお堅い事務職に就いていそうな印象を与えた。


 赤い髪を染められる染料が黒しかなかったので消去法だったけれど、ちょっとだけ前世を彷彿とさせる出来映えの自分を見れたことは楽しくもある。


 角度を変えて最終確認をする鏡越しに差し込む五月も二週間目の日差しは、もうすぐそこに迫った初夏を思わせる力強さを持っていた。


 ――と、部屋のドアがノックされ、返事をしたかしないかというタイミングでアンナが入室してくる。彼女は苦笑する私を見ると悪戯っぽく舌を出した。


「淑女らしくなくてごめんなさい。でも早くお姉さまにこれを届けたくて。実際に店舗に並べられるのは明後日なんだけど、さっき献本が届いたの。世界一早いこの一冊を受け取ってくれる?」


 嬉しそうに微笑みを浮かべた妹は、そう言って一冊の紫紺に金糸で虫に喰われた歪なバラの模様を施された本を差し出してきた。フェルディナンド様のデザインは本当に繊細で美しい。静謐な夜を思わせる装丁の本を開けば、まだ新鮮なインクの香りが鼻腔をくすぐる。


「勿論よ。嬉しいわアンナ。帰ってきたら早速読ませてもらうわね」


「もうお姉さまったら、この形になる前にたくさん読んだじゃない。本当に時間がなかったから中身に加筆修正はしてないわよ?」


「貴女の書いた文章は何度読んでも心地が良いの。だから何度だって読めるし、読みたくなるわ」


 本のタイトルは【彼になり損ねた男】。誰を題材に使ったかは、読む人間が読めばすぐに分かるはずだ。ただし、この本はジスクタシアではまだ発売しない。とある理由から隣国の方で先行販売するのだ。


 物語は主人公の男の母親の語りから入る。それも酒を飲んで酷く酔った夜にだけ枕元でしてくれた寝物語だ。自身が舞台女優として栄華を極め、ある高位貴族の目に留まって恋をし、子供ができたとたん手酷く捨てられて恋をしていたのが自分だけだったのだと嗤う、そんな物語。


 自分を捨てた男の面影があると実母に虐待を受け、それでもいつか止めてくれると不条理な扱いに堪えて母親の酒代のために働き、盗みやときには身体を売ってまで母親の愛を欲した幼少期。


 けれどそんな思いは一度も通じることはなく、関係を持った数人の男の一人に母親が殺された青年期。噂では病死とされていたが、彼は淡々とした口調で当時のことを語ってくれた。


 あとはただただ、転落していく日々。しかしそれでも母親が寝物語に語ってくれたスポットライトのある舞台への憧れは募り、それが死に急ごうとする彼の魂をこの世に繋いだ。

 

 でもどれだけ大衆に求められる恋物語を書こうとしても、彼に描ける恋は母親の昔語りの模倣ばかり。貴族のスキャンダルばかりを題材にした危ない脚本の数々に、いつしか所属していた劇団からも追放された。


 だが人生の幕を今度こそ落とそうと思っていた彼の目の前に、ある日面差しのよく似た男が現れて――……といった内容になっている。


「でも流石はお姉さまよね。あの偏屈屋を元に小説を書いてと言われたときは何でそんなことをって思ったけれど、蓋を開けてみたらちょうど良い目眩ましになるんだもの」


「偏屈男……イザーク様のことかしら?」


「あいつ以外に誰がいるのよ。酷いこと言われなかった?」


「何も酷いことは言われなかったし、今回のお話も快諾して下さったじゃない。でもそれもこれもアンナとヴァルトブルク様が根回しをしておいてくれたおかげね。本当に二人にはこの先頭が上がらなくなりそうだわ」


 荒ぶるアンナにやんわり答えながら、ヴァルトブルク様経由の情報を思い出す。何でも和解するまでに本の話で水を向けたら、お互いの解釈違いで一時険悪なムードになったそうだ。小説の解釈違いが戦争になるのは世の常である。


 さてそんなアンナとヴァルトブルク様ではあるものの、五月の約束だったドレスはなんと、以前マキシム様の誕生日前に私が駆け込んだ二店を探し当てて注文していたらしい。進捗を見て欲しいと連れていかれた折りには、両店の店主から利用へのお礼とお祝いの言葉を頂戴してしまい、娘を嫁に出す男親の気持ちを体験して少し泣いた。


 ……ともあれ。


「こんなに読み応えのある作品を目眩ましだなんて言わないで頂戴。それにこんな風に評して良いのか分からないけれど……最初に彼を見たときの印象と、この小説の内容がとても噛み合っているのも素晴らしいわ。彼のことを最近知ったばかりの私でも胸を打たれる。彼を知る隣国の方達なら、もっとそう感じるはずよ」


「いやだわお姉さま、この小説はただの物語よ。ちゃんと巻末に“実在の人物とは一切関係ありません”と注意書をしているじゃない」


「あら、本当ね。あんまり良く書けているから、現実と虚構の区別ができなくなってしまったわ」


「んふふふ、お姉さまがそこまで絶賛してくれるなら、一日の睡眠時間を二時間にして頑張った甲斐があったわね!」


「ええ、アンナ。ミステル座の舞台公演の直前に色々と無理をさせてごめんなさい。本当にありがとう」


「どういたしまして! お姉さまの大切なご友人のためですもの。こっちの公演はヴァルトブルク様に任せておけば良いし、フェルディナンド様の助言もあったもの。これくらいどうってことないわ」


 ミステル座とイザークの所属している劇団の公演日を一日ずらして新作公開をし、隣国でさらに二日遅らせてスキャンダルな小説を発売する。そうすることでランベルク公爵は情報収集の手を三つに分けなければならない。


 あの男自身が一番嫌がりそうなこの小説のステルスマーケティングの成果は、すでにこちらの国にも届いている。けれど隣国での出版物であり、巻末にフィクションと明記されているため名誉毀損の出版停止にできない。


 やられた手をそっくりそのまま返してやった。ざまをみろ。


 ただ護りに徹してばかりではいけないと、教え子の戦法をずっと近くで見ていたのにすっかり忘れてしまっていたことが悔やまれる。窮した鼠ですら猫を噛むのだ。私は鼠でなく人間なんだからもっと早く噛みつくべきだった。

 

 大体陛下も陛下だ。命さえ狙われていなければオッケーというガバッた価値観を止めろと説教したい。次に会う機会があれば絶対に文句を言うつもりである。


 ちなみにホーエンベルク様とフランツ様とマキシム様達には、イザーク様のことで少々揉め、すでにかなり厳しめな言葉をかけた後だ。ガンガルは今頃領地で発芽し始めた種子の除去を、父やユニ、領地の皆で進めてくれているだろう。


 間に合わなくて蕾や花がついても、教え子とフェルディナンド様がガンガルとユニの話を聞いて手配書を描いてくれる。昔からの領民にのみ配布するよう手配してもらった。


「じゃあお姉さま……ううん、ルイズ(・・・)。我儘なお嬢様のお付きメイドとして、ミステル座の初日公演に付き合って頂戴。大事なお得意様の接客があるのよ」


 うっすらと唇に笑みを乗せたアンナが、ツンと顎を上げてそう言う。


「ふふ、はい。畏まりましたわお嬢様」


 マリアンナ様宛へ送った遊戯盤初回支援者への特典舞台チケットは、すでにアグネス様の手許に渡っている。逃げも隠れも続けるけれど潜伏先を遠く(領地)から足許(王都)にして、猫を噛む牙を研いで待つ。

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[良い点] 着々と!準備が!ヽ(=´▽`=)ノガンバレー♪
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