*13* 初めましてではないけれど。
思わぬところで思わぬ人との再会を果たしたときというのは、何故か棒立ちになってしまうけれど、いまがまさにそうだった。相手もこちらに向かってきたはいいものの、どう声をかけようか考えあぐねているのが手に取るように分かる。
間抜けな話だが、私達は前回名乗り合うことすらしていなかったせいで、お互いの名前すら知らないのだ。これでは声をかけた方がいいのか、遠慮した方がいいのか分からない。
おまけにパッと見ただけでも、身に纏っているものから相手の家格の方が高いことが推測できた。やはり若い頃特有の自分探しの旅の途中だっただけの、やんごとない身分の人だったようだ。
だとしたらそんな彼がこちらに来た理由は……あのとき何故か紹介する前に姿を消したから、妹の姿を見たくなったとか?
そうなるとついさっき走り去った彼同様、ファン同士で妹の好感度が片寄らないように“四年前から貴女のファンの人よ”と口添えすべき? でもそれって受け取りようによってはストーカーっぽく聞こえるよね?
さっきの彼がファン一号……いや、実質こっちの彼がファン一号で、さっきの彼がファン二号なのか?
内心悩みつつ視線だけは逸らさないでジリッと半歩前に出て、妹を背後に庇う形で立ち塞がる。うん、ここはひとまず向こうが話かけてくるのを待とう。私は前世からことなかれ主義なのだ。
――と、
「お姉さま、こちらの方はお知り合いですか?」
一足早くファン二号(仮)が走り去ったショックから立ち直った妹が、私の背後からヒョコッと顔を出す。あちゃー……出方を窺うつもりがこっちから話を振ってしまった。この迂闊可愛い妹め。
「ええ……と、以前にお逢いしたかもしれないけれど……知り合いでは、ないわ。そうですわね?」
どうにか妹の質問に答えつつ、相手側に説明責任をぶん投げた。だってあのとき彼が急にいなくなった理由を私は知らないからだ。知らないものは説明できない。
すると彼は「憶えてくれていたのか」と少し意外そうな表情を浮かべる。無言で頷き返せば、何を勘違いしたのか妹が「え、お姉さまの甘いお話?」と、背後から興味津々で囁いてきた。その問いに苦笑しながら首を横に振る。十五歳といえば、箸が転がってもロマンチックが止まらない年頃か。
「四年ほど前にお逢いしたときは、名前を名乗らず申し訳ありませんでした」
「いや、貴方が謝ることでは――。こちらの方こそ、あのときは呼び出しておきながら急に姿を消してすまなかった」
「いえいえ、こちらこそ……、」
「いや、しかしこちらが……、」
「こちらは姉のベルタ・エステルハージで、わたしは妹のアンナ・エステルハージと申します。そちらのお名前は何と仰るのかお訊ねしても構いませんか?」
お互いに大人の暗黙のルールである“どうぞどうぞ”をやっていたら、背後から頼もしい妹がぐだついた空気を一刀両断してくれた。十代の忖度知らずの強さよ。
「ああ、これは失礼した。俺はヴィクトル・ホーエンベルクという。君の姉上とは以前少し言葉を交わしたことがあって――、」
「まぁ、妹が申し訳ありません。あとは私が引き継ぎますわね?」
長くなりそうな彼の言葉の途中で口を挟み、諸々余分な箇所をばっさり割愛しつつ、四年前のことをアンナに語って聞かせた。理由は勿論妙な推測を立てられて父の耳に入れられてはかなわないからだ。妹のロマンスは応援したい派だけど、私は今世でそういうのはいらないしね。
アンナは彼の口から直接当時の話をきけないで不服げだったものの、当時会えなかった自身のファン第一号と会えたことで帳消しにしてくれたのだが――……。
ホーエンベルクと名乗った彼に私がここにいることを尋ねられると、妹は得意気に胸を張ってことのあらましを教えてしまった。流石に雇い主の家名を口にすることはなかったけれど、気を許した相手に対しての警戒心が低いのではないかと心配になってしまう。
まぁ、うちみたいな片田舎の領地だと悪事がすぐに広がるから、割と平和なので余計そうなるのかもしれない。
「それでは、ベルタ嬢は教育手腕を買われてこちらに来られたのか」
「ええ、そうですわ。領地でもお姉さまに教わることができれば、どんなに自分に自信のない子でも、たちまち得意なことを見つけてしまいますもの。わたしもその一人と言うか……筆頭ですわ。ね、お姉さま?」
繋いだ手の指を絡ませてくる妹の無邪気さに呆れつつ「そうね」と答えたものの、そんな私達を微笑ましそうに眺めていた彼の纏う、四年前に感じたものと同じ微妙に油断ならない気配が気になる私なのだった。




