*19* 記念式典⑤
緊張の連続だった表彰後、どこをどう歩いて親睦パーティー用に設けられた会場に辿り着いたのか定かではないものの、右手にアグネス様、左手にアンナという両手に花状態ないまの状況は悪くない。
……単に膝が笑っていて一人で立つのが難しい状態なのだとしても、だ。
受け取ったトロフィーをそれぞれ馬車の馭者に預け、自分の体重だけになったはずの身体が重い。緊張でごっそり気力を持っていかれてしまった。これは前世で本部からの視察を受けながら授業をしたときの疲労に似ている。あれよりも遥かに今回の方が疲れているけど。
「お姉さま、大丈夫? 辛いならどこか座れる場所を探してくるけど」
「大丈夫よアンナ。もう少ししたら一人でも立てるわ。アグネス様も、お見苦しいところを見せて申し訳ありません」
「いいえ~、友人を支える役だなんて素敵ですもの。終わるまでこのままでも大丈夫ですわ~。もっと体重をかけても平気でしてよ?」
「ふふ、ありがとうございます。では……お言葉に甘えてもう少しだけ」
そう前置いてからアグネス様の右腕に心持ちグッと寄りかかると、彼女は細いヒールで器用にバランスを取って私を支えてくれる。凄い。これが女子力か。
「この程度、どうってことありませんわ。もっとドンといらして下さいませ~」
「あら、それじゃあこちらにももっと頼って下さいお姉さま」
「まぁ……本当に? では、これくらいならどうかしら?」
両側から頼もしい言葉をかけてくれる二人と一緒に笑いあっていると、何やら遠巻きに話しかけたそうにしている式典関係者や出席者の人達がいる。
たぶんアグネス様のドレスと原本を見て遊戯盤について訊ねたい人や、妹にサインを求めたいファンに違いない。だけど、すまぬ。いまこの二人をどちらか一方でも連れていかれたら困るのだ。支えを失ったら絶対膝から転ける。
「三人とも喉が渇いていないか? さっきそこで配っていた果実水だ。疲れがあると酒類は回って危ないからな」
女子高生のようにはしゃぐ私達に、トレイごと果実水をもらってきてくれたホーエンベルク様がグラスを差し出してくれる。そんな彼に三人でお礼を述べ、勧められた果実水を飲んで一息ついた。
ちなみに義弟は生の果物を調達に行ったのだけれど、その途中で隣国の友人達に捕まっているようだ。楽しそうにしているところから、演劇について語っているのだろうと思われる。
そんな彼の姿を横目に、開場前は面倒がっていた立食パーティーを存分に満喫しているフェルディナンド様が、カナッペを咀嚼し終えて口を開いた。
「ま、何にしてもアグネス嬢がアイツに何かされないで良かったよー。上から見てたけどヴィーのお手柄だね。暗がりの中で何話してたの?」
ひっ……そうだった!
今更テンパりすぎてホールの明りが届く場所までしか見ていなかったことに気付き、慌ててアグネス様を見れば、彼女の方も気付いていなかったらしく小首を傾げて困り顔になった。アンナを見ても同様に困惑顔で首を横に振っている。
「まぁ、そうでしたの~? わたしったら一人ではしゃいでしまって。申し訳ありませんでした」
「いや、大したことは何もなかった。少し見たことがあると声をかけて、当たり障りのない会話を幾つか交わしただけだ。何というのか、ああいう脚本を書くにしては無気力で、こちらを害する意図はあるのかないのかあまり分からなかったな」
彼と交わした会話内容を思い出しているのか、難しそうな表情になったホーエンベルク様に、フェルディナンド様は「ふーん、ならひとまず放置で良いんじゃない?」と返し、謎の脚本家の話題はそこで一旦落ち着いた。
「あ、あとそういえばさー、ベルタ先生が最後の受賞者だったとはいえ、ちょっと長かったけど、あれは何の話してたの?」
「それはわたしも気になったわ。あのお姫様は何か言いたそうだったんだけど、お兄様の方に止められてたのか言葉が交わせなくて」
「確かに下から見ていても、少し拝謁時間が長かった気がしますわ~」
「何か答えにくい質問でもされたのか?」
パッと話題が切り替わり、四人の口からはそれぞれ同じような言葉が飛び出したけれど、どれもほんの少しの好奇心とそれより幾分多い心配が含まれている。同僚と家族が優しい世界というのは良いものだ。
しかし残念ながら私はあの場でほとんど頷く以外のコマンドを使用できなかった。完全なるNPC。それ以上でもそれ以下でもない。
「ええと、そんなに大したことはなかったのだけど――……」
やたらと妙な期待をされても困るので気弱な前置きをしてから、あの場で心を無にして聞いた褒め言葉の内容と、陛下からの視線が恐れ多かったこと、心配してくれるマキシム様にちょっと感動したことを話すと、四人の表情に変化が現れる。それぞれが雄弁に語るものだと感心したものだ。
けれどそんな暢気な感想を抱いた私に対して、四人の考えは違ったようで――。
「いまの話の内容からすると、下手をすれば後日陛下の方から何かお話が出てくる可能性があるな……」
「オレもそう思った。確かにあっちってそこまで知育玩具みたいなのはなかったもんねー。まぁ、こっちでもベルタ先生が作るまでそんなになかったけど」
「ふふ、まさかご冗談を。お二人とも想像力が豊かですね。ですがどこに誰の目と耳があるとも知れません。不敬だと思われてしまいますわ」
本音は“面倒くさい仮説を立てないで欲しい”だったのだが、それを素直に口にする勇気はない。こちらのやんわりした否定に「本気なのにー」「冗談で言ったつもりはないが」と返してくる男性陣をサクッと見切りをつけ、女性の意見を聞いてみようとアンナとアグネス様の顔を覗き込む。
――が。
「そう言えば向こうの劇団にいる知り合いが、わたしの自慢話に良く出てくるお姉さまに興味を持ってたわ。あそこでヴァルトブルク様と話してる方達よ」
アンナがついと指を指した先には、さっきまで壇上で微笑みかけてくれていた隣国の一団がいた。こちらの視線に気付いた数名が、やはり人懐っこい笑みを浮かべて手を振ってくれる。
しかし成程。やたらと初対面で友好的だったのはそういうわけか。でも真実を知ったところで妹よ……あまりあることないこと他所で自慢してくれるなと言いたい。姉は目立たず地味に堅実に生きていきたいのだ。
「あらあら、まぁ……いよいよ隣国にまでベルタ先生の名が轟くのかしら。楽しみですわね~」
三人の言葉にどこまで本気か知らない四人目のアグネス様の言葉が重なり、壮大すぎる話に苦笑していたら、ふと心配そうな色を浮かべるホーエンベルク様の瞳とぶつかる。
けれど彼のそんな物言いたげな視線に声をかける前に、私達の元へ戻ってきた義弟から件の劇団の人達を紹介されて。式典の夜は優しく賑やかにふけていった。




