*11* ん、どこかで見覚えが?
未成年者がお酒をちょーっとだけ飲むので、
そこに引っかかる読者様はご注意下さい(*´ω`*)
※この世界での飲酒年齢は18歳です。良い子は20歳になってから。
半年間の雇用延長と、向こうの領地への同行を打診されたと父とアンナに伝えたら、父は渋い顔をして『階級社会が恨めしいが、嫌だと思ったら途中でもいいから領地に帰れるようにしよう。あまり深入りしないように』と言い、アンナは『そのお嬢さまの成長に期待ね』と真逆の反応を見せた。
反応としては父が正しい。子爵家の人間と侯爵家の人間など、貴族社会においては同じ人間と言うくくりでしかないからだ。
そして今夜は領主代理を一時的に承諾してくれた妹が、シーズン最後の夜会に一度だけ姉妹揃って行きたいと言い出したので、苦手な場所ではあるものの、何故か父が用意していた私用のドレスに身を包んで出席中である。
煌びやかなシャンデリア、視界の至るところで翻る流行のドレス、父以外の貴族男性、アンナと同じ歳頃のご令嬢達のキラキラとした瞳。
触れ合うグラスの音と、さざめく声、談笑の中で弾ける笑い、ひっそりと聞こえる嘲笑。良いものも悪いものも入り交じるこの空気を、きっと六年前に私も味わっているのだろう。
シナリオになかったから知らないだけで。ゲームの舞台裏設定か何かにはあったんだと思う。たぶん。物語部分の行間から心の目で見た……気がする。一人だけ年齢的な場違い感が居たたまれないけど。
「お姉さま、この果実水とチーズもとても美味しいわ。あと、こっちのサーモンが乗ったクラッカーも」
「ふふ、アンナは素敵な殿方とのダンスよりも美味しい食べ物の方が好きなのね。私がいない間の社交もずっとこうだったのかしら?」
「そうよ。そのおかげでお父さまと一番多く踊ったくらい。だからわたしは素敵な男性とのダンスよりも、領地では見ないような美味しいものの方が好き。でももっと好きなのはお姉さまよ」
まだお酒を飲めないアンナは、それでも私が口にする果実酒に興味津々といった風で、時々「一口だけ……駄目?」とねだってくる。傍を離れる予定もないので「ちょっとだけね」と与えれば、嬉しそうに笑う。離れている間の分は、今のうちにしっかり甘やかして愛情を感じさせないと。
「あらら、それは嬉しいけれど、随分と勿体ないわね」
「だってどの人も同じことしか言わないのだもの。退屈よ」
「具体的にどんなことを言われるの?」
「ええと……お綺麗ですね、お一人ですか、妖精かと思いました、この会場内で一番お美しい、恋にご興味はおありですか、今夜貴女の瞳に映るのが私だけなら良いのに、よろしければこの後一緒に抜けませんか……とか。そんなのばっかり」
――妹よ、彼等の何割かは本気で言っていたのだと思うよ。確かにお酒が入っていない状態で聞かされても不審感しか持てない内容ばかりだけど。特に――。
「そう。取り敢えず、最後の男にだけはついて行っては駄目よ? すぐにお父様の元に戻って、誰に言われたのか教えるの。良いわね?」
「うふふふ。はーい、お姉さま」
私の腕に自らの腕を絡めてふにゃりと笑う美少女に、周囲にいる男性陣からの視線が集中しているのが分かる。隣にいる保護者の私を邪魔に思っている視線も。綺麗な衣装に身を包んだ野獣共の群れから姉である私が妹を守らねば。
ドラマや小説にあるような“身分の低い貴族の娘だから、ちょっとくらい遊んでも”などと思われては堪らない。妹にそんなことをしたら何をとは言わないけど、伐採してやる。こっちも領主代理をする程度には護身の心得くらいあるのだ。
もともとの悪企み顔を利用して周囲をうろつく男性陣を睥睨すると、疚しい者達はそそくさと立ち去っていった。けれど会場の入口付近がにわかに騒がしくなり、遅れてきた主賓かと思ってそちらに気を取られていたそのとき――。
「あ、あの!! エステルハージ嬢!!」
突然そう声をかけられて妹と一緒に振り向いた先に立っていたのは、私が人のことを言うのもなんだけれど、垢抜けないぽっちゃり型の青年だった。背が大きなことでかえってぽっちゃりが強調されている。どうやら周囲にいた不埒者達に押し退けられて今まで近付けなかったようだ。
気の毒に酷い癖毛なのだろう。不潔さはないのに絡まった黒い前髪の間から、古酒を思わせる赤みがかった琥珀色の瞳が気弱そうに覗いている。落ち着きなく小刻みに震えている様から彼の尋常ではない緊張感が伝わってきた。
しかし問題はそこではない。私と妹は顔を見合わせ、再び彼へと視線を戻して同時に口を開いた。
「「どちらのエステルハージ嬢でしょうか?」」
「え、どちらの……とは、そちらの方も……?」
その困惑顔に“あ、似てないからか”と思うのは私だけだったらしく、妹は彼に向かって眉と目尻をつり上げた。淑女教育の賜物か声こそ上げないが、その表情はかなりご立腹である。
――が、彼はいきなりガバッとその長身を折って「あ、貴女の翻訳書のファンなんです! す、すみません、それだけ伝えたくて!」と、叫ぶように告げて思いのほか機敏な動きで逃げ出した。
妹も、周囲も、勿論私もポカンとして立ち尽くす。何だろう……ここまで注目されることをしたなら、せめて名乗っていけばいいだろうに。ちらりと妹を見下ろせば、困惑の中にほんの少しだけ喜びが見える。せっかく妹の記憶に斬新な登場と台詞を刻み付けられたのに勿体ない。
この会場のどこかにいる父にあとで聞いてみようか――。
彼が走り去った方向を気にしている妹を観察しながらそんなことを考えていると、今度は会場の人々の隙間を縫ってこちらに向かってくる人物が一人。
その人物はいつかどこかで見たような、赤みをおびた金髪と紺色に近い青の瞳を持つ青年だった。




