*3* 主演男優は未来の義弟。
朝の帰宅後すぐにでも始まるかと思った尋問は、妹の『夕方まで休んではどうかしら?』という意外な申し出によって延期となり、私は自室で泥のように眠った。
――そして、現在。
私はまだ軽く残る二日酔いの頭痛をものともせず、七回目のリテイクを演者に強要している真っ最中。部屋の外から覗き込んでいる使用人達も、私と同様に真顔で審査中だ。
仕事から早く帰るように言われていた父は、隣の一人がけソファーで失神一歩手前だけれど、そんなことはちょっと置いておく。どのみち父にとってはどれも致死攻撃なのだし。
「ヴァルトブルク様……恥ずかしいのは分かりますけれど、今の台詞の言い方では早口になりすぎです。もっと溜めて恥じらいがある方が誠実そうに見えると言いますか。二回目の台詞が今のところ一番アンナを幸せにできそうでしたわ」
「お姉さま……そんなに厳しい目で見てくれて嬉しい」
「当然よアンナ。貴女の幸せを願う姉として、厳しく審査させてもらうわ」
自分史上一番の笑顔を浮かべてそう答える私の視線の先では、膝をついて頭を抱えているヴァルトブルク様の姿。どうやら父とは違って自家中毒を起こしているようだ。
しかしすまない、青少年。私は君が婚約申し込みの再現をするたびに頬を染める妹の幸せそうな顔を見たい。使用人の皆を含め、身内ってそういうものなのよ。
頭を弱々しく振って再び立ち上がった戦士に、期待を込めて「どうぞ」と進める。ソファーの上で陸に打ち上げられた魚類のようになっていた父の身体が、ビクンと一つ大きく跳ねた。これで最後にしないとそろそろ男親の心が死ぬ。
それを知ってか、こちらに真剣な眼差しを寄越したヴァルトブルク様は、頬を染める妹の前に跪いてその手を取った。さぁ、最後の一勝負といこうか坊や。
「ぼ、僕はっ……君がいないと、駄目なんだ。君がいないとペンも執れない。君がいないと物語が思い浮かばない。君がいないと背筋も伸ばせないし、また王都で会えると分かっていても……君と離れることが……さ、寂しいんだ」
一周回って最初の初々しさが戻ってきたヴァルトブルク様の求婚に、妹の頬に赤みが射す。見たか世界よ。うちの妹がこんなにも可愛い。
「アンナ・エステルハージ嬢、こんな情けない男ですが……あ、貴女に、婚約を申し込んでも、良いですか」
そう告げるヴァルトブルク様の方も、耳の先まで赤くなっているところが好印象。アオハルだなぁ……彼を義弟と呼ぶ日も近いな。通算八回目の求婚劇で私と使用人達の心からの拍手を受けたヴァルトブルク様は膝からくずおれ、妹はそんな彼の隣に屈み込んでこめかみに触れるだけのキスを送る。
こうしてアンナとヴァルトブルク様の可愛らしい求婚劇は、屋敷の使用人達も含む拍手の中で幕を閉じた。
――が、ここで綺麗に終わってくれないのが我が家。妹の白い手が上がると、使用人達の拍手がピタリと止んだ。
「それで……あの、お姉さまの方はホーエンベルク様と……?」
満足したらしいアンナが矛先をこちらに向ける。どうやってしらばっくれようかと微笑みを浮かべていると、隣から良いタイミングで「もう、止めてくれ……」というか細い声が聞こえてきた。
「もう……一日のうちに娘達のそういう話を立て続けに聞くのは、父様堪えられない。皆も面白がっていないで仕事に戻りなさい……」
あー、鼻声になってる。これはかなり本気でショックなんだろうな。助かったけれど結果としてかなり身内をオーバーキルしてしまった。流石に可哀想だと思ったのだろう。私の方を見つめる妹は切なそうな溜息を一つつくと、使用人達に夕食の準備に戻るように声をかけた。
追求を逃れた私は、おおよそ満足気な表情になったアンナと、疲労が見てとれるヴァルトブルク様に件の演劇のパンフレットを見せてみることにしてみた。反応は二分。パンフレットの内容に怒り狂うアンナと、興味深そうに演出を読み込むヴァルトブルク様。
話題を逸らす苦し紛れにと思ったものの、才能ある若い二人はパンフレットを前にふと面白いことを言い出した。
「ねぇ、お姉さま。思うのだけど、向こうが演劇で代理戦争をふっかけてくるつもりなら、こちらも演劇で応戦すれば良いのよ」
「そ、それなら、僕も、お手伝いができるかも……です。ね、ベルタ義姉さん」
美しいながらも不敵に微笑む妹と、多少嵩が減ったとはいえ未だ大きな身体を縮め、顔を真っ赤にしてそういう“義弟”に、私の心臓は撃ち抜かれたのだ。




