新学期が始まるよ
夏休みが明けて二学期が始まる。
一学期の初日と違って、今の俺の隣に来栖京が彼女として手を繋いで歩いてくれていた。
「学校始まっちゃうんだなぁ。うー、今日から二学期かー」
来栖さんは気だるそうにそんなことを言った。
確かに休みがあけて、学校に行くのは気が重い。
それに俺も休みの癖で夜更かししていたせいか、早起きがちょっと辛い。
けど、二学期といえば、秋には文化祭と体育祭といった学校の一大イベントがある。
そして、ハロウィン、クリスマス、大晦日、初詣と季節のイベントも盛りだくさんだ。
今度は来栖さんとどんな思い出が出来るんだろう? なんて楽しみな気持ちがあるおかげで、学校には遅刻せず行けそうだ。
彼女と一緒に過ごす色々なイベントは、きっと来栖さんの素敵な笑顔がいっぱいで、色々な姿も見られるだろう。
例えば、魔女のコスプレした来栖さん、サンタのコスプレした来栖さん、着物を着た来栖さんが見られて――。
あれ? どの格好でも、来栖さんがケラケラ笑うかニマニマ笑う顔しか想像できないな……。
何でだ? 俺がからかわれている所しか想像出来ないぞ。
おかしいぞ。全部甘いイベントを想像したはずだよな?
特にクリスマスなんて恋人たちのイヴだぞ?
俺の恋人のミニスカサンタさん、俺にトナカイの赤い鼻つけて、お腹かかえてケラケラ笑ってるんだけど!?
『あはは、これじゃ真っ赤な顔のトナカイさんだよ。ベッドの中でもすっごいまぶしそう!』
何でだろう……想像しただけでため息が出る。ムードも何もあったもんじゃないな!? 童貞卒業とか絶対無理な流れだろう!?
なんて、そんな俺の妄想を知る由もない来栖さんは、俺の顔を見て不思議そうに小首を傾げている。
「ふぅ……」
「ユウ、ため息つくと幸せが逃げるらしいよ? 悩み事でもあった?」
「……京に今度はどんな風にからかわれるのかと思ったらね」
「あはは。もう既にからかわれてたりして?」
「えっ、何したの!?」
「今日の私はユウの分もラッキーになれるかもしれないからね」
どういうことだ?
うーん、背中に何もついてないし、顔に何かついている感じもない。
俺が正解を分からないでいると、来栖さんはくすくすと笑ってから、わざとらしく深呼吸をした。
「ユウが吐き出した幸せは、私が貰っておいたから」
そう言ってニカッと来栖さんが笑う。
その笑顔を見られて、あげた以上の幸せが返ってきた気がする。
――じゃなくて!
「そもそも京にからかわれたことを想像してのため息だったんだけど。二学期っていっぱいイベントあるのに毎回からかわれそうだなって」
それで吐き出した幸せを取られたら、幸せ泥棒も良い所だ。
「へぇ、早速ユウから貰った幸せの効果が出たっぽい」
うわっ、すげぇニマニマしてる。
このままじゃ絶対からかわれる。
でも、俺も成長しているんだ。どうからかわれるか分かれば、事前に心の準備だって出来るし、潰しに行くことだって出来るはず!
「……俺が京のこと考えてたから?」
言った自分でもナルシストだって思うけど、来栖さんなら絶対にこう言う。
『そっかー、私のこと考えてくれてたんだ? そっかそっかー』
二回くらい確認のためにそっかー、って言って、俺を恥ずかしがらせるんだ。
でも、これでからかいの出鼻をくじいたぞ。
俺の成長した返しに戸惑い、恥ずかしがれ! 来栖さん!
「おー、ユウも私のことが分かってきたねー。まさか先に言われちゃうなんて。さすが、私の彼氏」
「ま、まぁね」
来栖さんが目を丸くして驚いた。
それを見て、来栖さんに見えないようグッと拳を握りしめてガッツポーズ!
来栖さんがいなかったら多分右手を掲げている。何だったら心の中でBGMも全開で流す勢いで嬉しい。
あんなことを自分で言って恥ずかしかったけど、からかいを回避出来たおかげでもっと恥ずかしくならずに済んだ。
「でも、そっかー。からかわれても、そういうイベントを一緒に過ごしたいって思ってくれてたんだ。そっかー」
あ、あれ? 何かめっちゃニマニマしてるうううう!?
「つい想像しちゃうくらい私と一緒に過ごしたいんだ。そかそっかー」
「ま、まぁね」
「クリスマスイブにユウの妄想通り、ミニスカサンタ着てあげるね」
「へっ!?」
何で妄想が筒抜けなの!?
「ぷっ、あはは。本当に想像してたんだ。しかも、ミニスカサンタって、ユウのえっちー」
「っ!? カマかけたの!?」
「あはは。どーでしょー? 実はユウが独り言でずっとぶつぶつ呟いていたのかもよー?」
しまった! 俺が来栖さんのからかいを潰すはずが、俺のからかい潰しを利用して、からかいカウンターをぶつけてきただと!?
自分でも何を言っているのか分からないが、何でこうなった!?
「でも、幸せだなー。こんなにからかわれても、ユウがこの先を想像してくれるってことは、私と一緒にいたいって思ってくれたってことだよね」
あ、あれ? そういうことなのか?
何かすげぇ恥ずかしい解釈にされているような!? でも、否定は出来ないような複雑なことになってる!?
「なら、ユウからデートに誘ってくれるって期待しちゃおっかな?」
「え、あ、はい」
「やった。ふふ、やっぱりユウのため息には幸せがいっぱい詰まってたね。学校が始まるって憂鬱だったけど、楽しみになってきた! どんな風にデートに誘ってくれるか、今から楽しみにするね」
あ、あれ!? 何かデートに誘うハードルが上がった!? いや、下がったのか!?
で、でも、大丈夫だ。デートのお誘いはもう一度やった。
それに来栖さんも楽しみにしてくれているのなら、きっとどんな誘い方をしても大丈夫だ。
何を言ってもOKをくれるはず。その後、からかわれるだろうけど!
「う、うん、その時はちゃんとデートに誘うよ」
「やったね。えへへ、実は私もそういうイベントをユウと一緒に過ごしたいと思ってたけど、やっぱり誘って欲しかったんだ。でも、そうやってお願いするのは恥ずかしいし、ごめんね。つい照れ隠しでからかっちゃった」
うわっ、今のが全部照れ隠しだって言われた途端、心臓が飛び跳ねた。
同じ事を望んでいたと知るだけで、こんなに嬉しいなんて――。
「それじゃあ、ユウも心の準備出来てるみたいだし、二学期もいっぱいからかって良いんだよね?」
「うん――ってちょっと待て!? からかわないって選択肢はないの!?」
「私がユウを好きな限りないかな?」
「それはずるくないっ!?」
「あはは。元気になったね。久しぶりの早起きで顔が眠そうだったよ?」
お腹を抱えながら笑う来栖さんに、まだまだ俺は敵わないと悟った。
惚れたら負けだというけれど、惚れられて付き合ったはずなのに、最初から負けている気がするのは何でだろう。
そんなしょうもないことを考えつつ、俺は出そうになったため息を無理矢理飲み込んだ。
来栖さんは何だかんだ言って俺を気遣ってくれたみたいだし、また幸せが逃げるなんて言わせるのは悪い。
――なんて思っていたら。
「ふぅー」
来栖さんが俺の耳の穴に息を吹き込んできた。
「うふぁっ!?」
「もらった幸せ、私の幸せも足して返しておいたよ」
来栖さんはそういうと小走りで俺の先を行き――。
「代わりに驚き顔と真っ赤な照れ顔は貰ったけどね」
ニマニマと意地悪でかわいく笑う様子は、まさに俺の妄想通りの来栖さんの姿だった。
二学期も、三学期も、いや、それどころか一生からかわれ続けそうだな……。そう思わされた初日の朝だった。




