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夜は鶏肉をメインにした料理を想定していたらしく、その手の料理が次々と完成していく。
『蒸し鶏肉をほぐしたサラダ』『手羽先ギョウザ』『唐揚げ』『鶏肉の甘酢煮こみ』『チキン南蛮』『ふわトロオムライス』『鳥団子入り中華風スープ』等々……。
どれもこちらの世界の材料と調味料で作りつつ、元の世界の料理とほぼ同じに完成させるラービの料理スキルは大したもんだと改めて感心する。
そうして出てきた料理を王女達を含め、六斧の二人もちゃっかりご相伴に預かってみるみる平らげていった。
ラービはガンガン作り、なぜか俺とレイがドンドン運んで、彼女達がモリモリ消費する。
「うん……うん……」
一心不乱に食べる姿から、お気に召してはいるのだろう。
口から怪光線が出たり、アへ顔を晒すようなリアクションは無いが、孤独な食事を愛する個人輸入業者みたいに時々頷きながら黙々と食べていく。
しかし、戦士である六斧の二人はともかく、王女達の細い体のどこにあれだけの量が入っていくのだろう?
これが世に言う、「甘い物は別腹」的な女体の神秘というやつだろうか……。
……そうして、最後のデザートを出した所で、ラービが台所から戻ってくる。
疲労感に溢れながらも、やりきったその顔付きはまるで歴戦の傭兵のようだった。
「大変、見事なお手前でした……」
満足そうな王女達(と六斧の二人)はラービに賞賛を贈る。
ラービはグッと親指を立ててそれに答え、男前な笑みを浮かべた。
やだ、かっこいい……。
「ありふれた素材ではあったが、初めて出会う味であったのぅ……これが異世界の技術か」
「技術だけではない……」
感心するヴィトレに、ポツリとラービは答えた。
「大切なのは技術と心……すなわち、『嫁力』!」
また変な事を言い出しやがった……。
頭に疑問符を浮かべる俺達に、キラリと瞳を輝かせたラービが捲し立て始める!
「『愛する男』と、『いずれ成す我が子』のためにという女と母の二つの想い……つまりは力と技のダブルタイフーン! それが『嫁力』! その想いがあるからこそワレの料理スキルは無限の高まりを見せるのじゃ! さらにワレらの世界では嫁という字は『女』が『家』を支える表現がなされており……」
「……さて、皆様には私の目指す所をお話させていただきます」
なんかのスイッチが入って、早口で演説をぶち始めたラービをスルーしてキャロリアが話を進める。
めっちゃ語ってるラービさんが可哀想じゃないかと思わないでも無いが、いつ終わるとも知れない話はぶった切る……これがデキる王族スタイルというやつか。
「では、まず皆様にお尋ねしますが、この世界……つまりは六つの国の広さはどのように思われましたか?」
キャロリアの質問に、頭の中で地図を広げる。
よその国に行ったのはブラガロートとグラシオ……ディドゥスとやり合ったのは国境付近だったからノーカンかな?
しかし、国土の広さは六国とも大差は無いらしいので、印象で言えば大陸みたいな広いイメージは無いな……。
日本に例えると、東北地方の六県と同じくらいの広さ……だろうか。
「回りを海に囲まれたこの島国……このスペースのみが、この世界で人類と呼べる種が生きていられる場所なのです」
んん!? たったこれだけ!?
例えばこの世界も惑星だったとして、地球と同じ規模があったと仮定しよう。
その中で東北地方くらいのスペースしか人がいないって、絶滅危惧種の一歩手前くらいな感じじゃないのか? よくわかんないけど。
「この世界で召喚魔法が禁忌とされた理由はご存知でしたね」
あー、確か……世界を滅ぼす『厄災』とやらに対抗するために天魔神と地魔神を召喚したけど、厄災を倒した後に両魔神が争いだして、そのとばっちりで人間が滅びそうになったから……だっけ?
あらためて考えると、なんとも酷い話だ。
「『神器』と『神獣』の力により、人はこの地で生き延びる事ができました。ですが、あまりにも引きこもる期間が長すぎた為に、この狭い世界での争いに夢中になっています……」
なるほど、それが歯がゆいって事か……。
キャロリアが言わんとしている事も解るっちゃ解る。
でも、安全圏から出たら化け物が闊歩してるかもしれないし、どうなるか保証はないよって言われたら、籠る気持ちも解るんだよな。
俺達の表情から考えを見抜いたキャロリアは、「そりゃそうですよね」といった感じの小さな笑みを作る。
「ですが、皆様という異世界からの召喚者のお陰で、私の野望は現実になる機を得ました」
普段の飄々とした彼女らしからぬ、熱い気持ちが入った視線が俺達を貫く。
キャロリアの野望……。
「それは六国を統一して、女王として君臨する事か?」
「ハハハ、コヤツがその程度の小さい女なら、妾は組んだりせんわ」
つい、口に出た俺の懸念をヴィトレが一蹴する。
「私の真の目的は、島外に人の生存圏を拡大する事です……」
演説をする時のようにワンテンポ溜めを作り、次の瞬間、バン! とテーブルを叩きながら彼女は宣言する!
「その為に、あらゆる障害を打ち砕き! いかなる困難も乗り越える! 全英雄三十三名を中心とした、『統合英雄探査隊』を設立いたします!」
全……英雄を……!?
「六国統一も、統合英雄探査隊の設立も、人類の生存圏拡大という真の目的に至る手段でしかありません。ですが、皆様にはその手段を設立させる為にお力を貸していただきたいのです!」
現存する人類を統一するなんて、それだけで偉業と言っていい。にも関わらず、それをただの手段とキャロリアは言いきる。
「この世界の新たな歴史の一ページに……皆様の名を刻んでみませんか……?」
未知なる場所への探究と挑戦……現代日本では味わう事が出来ないであろう、本当の意味での冒険の旅。
そんな場所へと誘おうと差しのべらる彼女の手は、とても魅力的で……正直、血が騒ぐのを俺は感じていた。
「その件に関してだけど、問題が二つあるわ」
突然、冷水をぶっかけるように、マーシリーケさんが口を挟んだ。
「まず、私達は元の世界に戻る事が最優先事項で、この世界の島外探索に関与する気はないという事」
冷たい言い方と言われれば確かにそうだが、彼女の言ってる事は正論だ。
いけない、いけない……俺だけだったらヒョイヒョイ話に乗っちゃって、危うく目的がすり変わる所だったぜ。
「もう一つは、英雄に必要不可欠な神器……それをいくつか私達が所持しているという事」
ああ、そうだ。
俺達は現在、五つの神器を従え保有している。つまり、その数だけ英雄に欠員が出るという事だ。
全英雄を島外探査に充てる……しかし、俺達はそれに加わるつもりはない。
キャロリアの計画は、この時点で頓挫してしまっている事になっちまう。
だが、彼女は落ち着き払い、そう来る事も想定内といった表情で頷いた。
「マー様のご指摘はごもっともです。ですが、その問題を解決する方法はすでに用意してありますわ」
キャロリアはウォーリを促し、彼女のポーチから小さな小包みを受けとる。
「これが、その方法です」
言いながら彼女が包みを開くと、一冊の古い書物が姿を現した。
迂闊に触れればバラバラになってしまいそうなくらい、ボロボロなその古書。しかし、その表紙に書かれた文字に気付いたハルメルトが顔を強張らせた!
「そ、それは……」
ハルメルトの様子に、キャロリアはどこか悪戯っぽく微笑みながら一つ頷く。
「これこそ、我が国に秘匿された宝物。召喚魔法について全てが記されている禁書中の禁書ですわ」
召喚魔法について全て……それはつまり、帰還魔法についても記されているという事。
俺達が喉から手が出るほど欲しい情報が記されているであろう書物を手元に置いて、キャロリアはコホンと咳払いを一つ。
「では、取引をいたしましょう。もちろん、対価はこちらの本と言うことで」
そう言って、彼女は最高の笑顔で俺達と対峙した。




