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「何、今の音!?」
さすがのマーシリーケさんも驚いたようで、俺達は慌てて屋敷内に突入する。
奥から漂ってくる煙をかき分け、その発生地点である部屋に飛び込むと室内……というより室内にのとある空間から煙が出ているという、不思議な光景が目に入った。
なにこれ……?
「ごほっ……いやぁ、やっちゃったな」
「うう……すんません、大将……」
咳き込みながら謎の空間から姿を現したのは、イスコットさんにその分身体である少女のジーナ。
二人は俺達を見つけると「よっ!」といった感じで、片手を上げて似たようなポーズでおかえりと声をかけてきた。
「何やってんのよ、あんたら……」
呆れた口調でマーシリーケさんが二人に問う。
「す、すんませんッス……ウチがミスったせいで、大将の『工房』で爆発事故が……」
「いやいや、ジーナの筋が良すぎるから僕もつい高すぎるレベルで要求しすぎた。この事故は僕の責任だ」
お互いを庇いあう師と弟子。なんとも美しい師弟愛だ。
などと感心していると、
「お姉さまぁ! 只今、戻りましたぁ!」
突然、玄関の方から息を切らせたノアの声が響き渡ってきた。
「大分遅れてしまいましたわ……どうか、この愚鈍な亀に罰を与えてくださいまし!」
「おっ! やる気十分ね。よーし、私が乗ってあげるから腕立て行ってみようか!」
「喜んでっ!」
明らかに「乗ってもらえるなんてご褒美です」状態のノアと、罰ゲームにさらなる上乗せをするマーシリーケさん。
いや、こっちはこっちでドSとドMでバランスが良いのかもしれないけど、なんでこうなった?
あまりにもかけ離れた二組の蟲脳コンビの姿に、俺はチラリとラービの方を見る。
「……個体差……かのぅ……?」
俺と同じような感想を抱いていたらしいラービは、なんとも複雑な表情でポツリと呟いた。
それからしばらくして、罰ゲーム回避を諦めたリョウライが、ハルメルトの買い物を手伝いながら到着して、ようやく全員が集まった。
初対面であるイスコットさん達とリョウライが挨拶をすませ、「とりあえず食卓を囲めば打ち解ける」というラービの強引な持論により、皆で飯を食う。
罰ゲームは後回し、らしい。
今回はリョウライに配慮してか、中華料理っぽいラインナップだった。
疲れた体に、ボリュームのある料理がありがたい。
打ち解けるどころか料理の奪い合いという戦場のような時間がすぎ、食後の茶を飲みながら話題は今後の身の振り方についての話になっていった。
「……てな訳で、ナルビークは俺らを切り捨てるつもりらしいんすよ」
キャロリアからの手紙を見せながら、あまりにもタイミングが良すぎたグラシオでの襲撃について俺は説明をする。
「その件については、アンチェロン側から神獣殺しの一人が少数で動くという情報があったのは確かだ」
俺の予想を補強するようにリョウライが言葉を続けた。
元敵側に居ただけに、あっさりと証言の裏が取れるのは楽でいい。
「うーん……まぁ、カズナリだけを切るつもりだったのか、とりあえず一人ずつのつもりだったのかは解らないけど、この様子じゃ帰還魔法の方もあまり期待出来ないかもしれないわね」
「ごめんなさい……私も色々な資料や文献を探して研究はしてるんですけど……」
マーシリーケさんの言葉に、ハルメルトが申し訳なさそうに肩を落とす。
ああ、別にハルメルトを責めてる訳じゃ無いんだぞ?
お前が頑張ってるのは解ってるとでもいうように、俺達は彼女の頭を撫でてもみくちゃにする。
うひゃあと間の抜けた声を出しながらも、ハルメルトはどこかホッとしたようだった。
「何にせよ、今後はナルビークじゃなく、キャロリアと接触してみるしかないな……一応は味方として見ても良いだろうし」
「一応」をやや強調しつつ、イスコットさんが言う。
そう、「一応」だ。
言っちゃなんだが、異世界の王族と言う点では彼女も向こう側の人間、信用しすぎるのも危険だろう。
利害関係が一致するポイントを擦り合わせてなんとか帰還魔法を見つけなければ。
「か、必ず私が皆さんを元の世界に戻します!」
ぐっと力を込めてハルメルトが宣言する。
うん、期待してるぞ!
「ところでリョウライだっけ。君はこちらの世界で五爪の英雄をやっていたらしいけど、なんで僕ら側に?」
その辺の事情を知らないイスコットさんが、そこに触れてくる。
みるみる表情が暗くなるリョウライの代わりに、俺は奴が所属していたスノスチに裏切られていた事をかいつまんで説明した。
俺達の中で唯一の既婚者だったイスコットさんは大いに涙し、後で秘蔵の酒を振る舞う約束までしてリョウライを元気付ける。
「まぁ、リョウライは『限定解除』が使えないみたいだけど、戦力の増強は必要よね」
マーシリーケさんが言うと、そうなの? と言いたげにイスコットさんは首を傾げた。
雷舞堺城を出てからの道中、リョウライから聞いた話しでは、彼は英雄に認定されるくらい強くはなったが、そういった火事場のクソ力的な戦闘力の上昇は経験したことが無いと言う。
まぁ、ここからは俺の推測だけど、おそらく『神器・竜爪』が影響してる可能性が高い。
全身能力を高める件の神器は、いわば疑似限定解除だ。
それに適応してしまった為に、素での『限定解除』が出来なく……というか、必要無かったんだろう。
体にかかる負担は少ない反面、神器無しでは発動出来ないあたり痛し痒しだな……。
「これからはリョウライも元の世界に戻る為に頑張らなきゃいけないんだから、少しくらいは我慢できるわよね?」
「な、何をする気だ……」
にこやかなマーシリーケさんに、警戒心MAXでリョウライが身を引く。
ああ、リョウライの蟲脳も覚醒させるんだな……。
「別に変な事はしないわよ? ただ、ここに居るみんなみたいに、分身体を覚醒させるだけ」
マーシリーケさんの分身体という言葉に、リョウライは怪訝そうなの顔をする。
あれ? ひょっとして気付いて無かった?
仕方がないので、蟲脳のなんたるかを始めから説明してやった。
全てを聞き終えたリョウライは茫然としながらも頭をかかえる。
「……じゃあ、今こうして思考している俺の脳は蟲であって、俺という人格は……」
グルグルと思考の迷路にハマりそうなリョウライ。
あんまり考えすぎると禿げるし病むぞ!
だから俺は、人工臓器の少し凄いバージョンだと思っておけとアドバイスをしておいた。
「ああ、うん……そうだな……」
ひとまずは納得したようにリョウライは何度か頷く。
「しかし……別人格の分身体っていうのは何なんだ? コイツらは人間じゃないのか?」
「まぁ、人だのなんだの言う前に、ワレは一成の嫁であるがの!」
「私はお姉さまの下僕ですわ!」
「ウチは大将の助手っす!」
三人の分身体は自信に溢れた顔で宣言する。
三者三様に答える彼女達に、理解を越えた存在を見るような訝しげな視線を向けて、リョウライはさらに困惑していた。
んー、まぁ無理もないよね。
でも、安心しな。お前もすぐに分身体とこんにちわする事になるんだからなぁ!
そんな訳で、イスコットさんの『倉庫』から取り出したるはお馴染み、『地魔神の肉片』!
ささ、一気にいってみようか!
……しかし、リョウライはスゴく嫌そうな顔をして、なかなかそれを口に含もうとしない。
もぅ、気持ちは解るけど躊躇してても始まらないゾ☆
とっとと、食えオラァ!
熱々おでんコントよろしく、俺はリョウライを羽交い閉めにし、マーシリーケさんが無理矢理リョウライの口に肉片を突っ込む!
「んんー! んんんんんっ!!1!1!」
多分、その不味さゆえに悶えているであろうリョウライをさらに力を込めて押さえつける。
吐くなよ! 絶対に吐くなよ!
しばらくして、なんとか飲み込んだらしい彼がようやく静かになった。
その体を離して様子を見ていると、突然ハッとしたリョウライが辺りをキョロキョロと見回しながら見えない誰かを探す。
「だ、誰だ! ……え? 俺……?」
うん、混乱しているな。
おそらく彼の頭の中で、覚醒した別人格と初めての会話をしているんだろう。
覚えがあるせいか、俺達はその様子を微笑ましく見守る。
「じゃあ、ハルメルト。ひとつ頼む」
「はいっ!」
すでに心得ている彼女は、空中に構築した魔法陣からスライムを召喚した。
そのスライムに自分の血を垂らすようにリョウライに説明する。
なんだか半分、自棄になりながら、彼は言われた通りに血を垂らす。
すると、スライムが波打ち出して人型に変化していった!
驚くリョウライとは対照的に、俺達はといえば、さてどんな娘が姿を現すのかと、興味津々でスライムの変化を見守る。
「……………………はふぅ」
悩ましげなため息をひとつ吐きながら、俺達の前に立っていたのは、見た目二十代前半くらいの女性。
スラリと背の高いスレンダーな体型にアオザイとチャイナドレスの合の子みたいな服を纏っている。
長い黒髪をお下げに結って、切れ長の瞳にかかる前髪を軽く整えたその美女は、俺達の方に向き直ると、にっこり笑みを浮かべて会釈した。
彼女が……リョウライの蟲脳の分身体か……。




