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「……何をやってるんだ、君達は?」
呆れたようなイスコットさんの呼び掛けで、俺達はハッと我に返る。
は、早かったッスね!
慌ててラービから離れて、パタパタと意味なく手を振りながら誤魔化すように笑って見せたが……うん、めっちゃ怪しい。
別に悪い事をしている訳でもないのに、後ろめたい気持ちがあるのはなぜだろう……。
「御主人様とラービ姉様は正式にお付き合いなさる事になりました。今のはその契りの最中です」
おいおい、レイ君! そんな事わざわざ説明しなくてもいいんだぜ!
まぁ、正直ちょっと浮かれてるのは認めるがな。
「え……? カズナリとラービはとっくに男女の仲だと思っていたんだけど……いまさら?」
違う意味で驚くイスコットさん。そんな風に前から俺達は見られていたのかと、自分への客観性の無さに少しへこむ。
でも、本体は蟲でベースはスライムな彼女ですよ? なかなかハードルは高いじゃないですか?
まぁ、乗り越えましたけどね! そんなハードル!
……てな事を考えていたら、イスコットさんの口から意外な言葉が。
「僕のいた世界では異種族婚なんて珍しくないからなぁ。僕の奥さんも土竜族と呼ばれる種族だし……」
「なんて!?」
さらりと言ったイスコットさんのセリフについ、反応してしまった。
「ん? いや、だから土竜族……」
「そ、そこじゃないです! 奥さんて……」
なぜか恐る恐る聞いてしまう俺に、彼はにこやかに答える。
「ああ、僕の嫁さん。子供も二人いるよ」
こ、子供もですか!
なぜか勝手に独身だと思ってたけど……たぶん、俺にとってハンターで鍛冶師的なあたりで独り身ってイメージだったんだろう。
でも、そうかぁ……子供もか。
俺達の中で、イスコットさんが一番長くこの世界に居るんだもんなぁ……早く帰りたいだろうに、そんな態度をおくびにも出さない彼に、「大人」というもの見た気がした。
「イスコットさんの世界……帰らないといけないですね」
「ああ……必ずね」
グッと決意も新たにイスコットさんは呟く。
「ああ、そうそう。ところでアレも回収した方がいいんじゃないか?」
コロッと雰囲気を変えて、イスコットさんが指差した先にあったのは……俺がぶった切った地魔神の半身。
そっか、アレも放っておくわけにはいかないな。
「そうですね、アレも回収しちゃいましょう。あと……」
他に何か無いかと辺りを見回し……ティーウォンドの神器で氷漬けにされた「ある物」を発見。
それらを同時に回収することにして、一先ずはこの国での用事は全部終わった。
「さて、この国の連中が来る前に撤収しますか!」
俺がそう声をかけると、皆が頷いて同意をしめす。
ただ……誰か足りないような気が……あ!
戦場の端っこで気を失っている五剣の英雄がいたわ。
いまだに意識を失っているティーウォンドを、起こすのも面倒だというのでイスコットさんが担いで移動する。
だが、この状態でも神器を手放さないのだけは大したものだな。
「みんな……彼が気を失っているのは好都合だ。今回の魔神撃退の手柄を彼に受け持ってもらわないか?」
ティーウォンドを背負ったイスコットさんがそんな提案をしてくる。
んー、確かに。
異世界に来てから、神獣殺し、同時多発英雄撃破と、下手すりゃ大問題になる事をやらかしてるしなぁ。
今回の魔神撃退もまた俺達が……となると、悪目立ちして仕方がないだろう。
平穏無事に帰還方法を探すためには、目立たない方が良いに決まってる。
「俺は構わないですよ」
「なら、ワレも!」
「御主人様の武名が伝わらないのは残念ですが……」
魔神撃退の張本人である俺達に異論はないし、目眩ましとしてティーウォンドが目立ってくれるならありがたい。
「それじゃあ、彼が目を覚ましたら、皆で口裏を合わせてくれ」
口々に了解の意を伝え、俺達は再び歩き出す。
そんな中で一人、ハルメルトだけが、小さくため息をついた。
ん? どうした?
「いえ、バロストが研究していたって言ってた『帰還魔法』……本当に資料があるなら、一度見ておきたかったと思いまして」
ああ、その事か……。
それについては、皆が同じ気持ちだったと思う。
あいつは嘘を平気でつくと自分で言っていたが、魔法研究については嘘は言わないような気がする。
だからこそ、かなり完成まで近づいていたという、その魔法の構成なんかを調べておきたかったのだ。
だが、今回の件でブラガロート側もバロストの研究室なんかを接収するだろうし、俺達も見逃されている立場だから、残念だが諦めるしかないだろう。
「そうガッカリするな。ハルメルトもよくやってくれてるし、必ず帰還魔法は見つかるさ」
俺達を励ますようにイスコットさんは務めて明るく言う。
本当に、憧れるほど大人だよ、この人は!
そんなこんなで、多少の残念さはあったものの、神獣の骸の奪還とイスコットさんの救出は成功した。
逃げたバロストや、多少は残党がいるであろうキメラ・ゾンビはこの国の人間が何とかするだろう。
もちろん、こちらに飛び火しないように注意はするけど。
まぁ、死にかけたり死んだりもしたけれど、全員が無事で帰れるんだから結果オーライ。
ただ、次に備える事を忘れちゃいけない。また修行しないとな。
そして、俺にとって大きな変化であり成果……それはラービの事だ。
まさか妹分だったあいつが大切な人になる日が来るとは……。
俺がラービの事を考えていたのを読んだのか、隣にいたラービが「この国を抜けたら、久々に脳内組み手じゃな!」と挑んでくる。
おう、ドンと来い! 彼女の挑戦を受けて立つべく、軽く自分の胸を叩いて見せた。
そんな俺を見つめていたラービだったが、不意にニコリと笑うと俺の手を握ってくる。
ドキリと胸が高鳴り、多少の気恥ずかしさを覚えたものの、彼女の手の感触が心地よくて俺もギュッと握り返した。
元の世界で「リア充爆発しろ」とか「バカップル壊すべし」とか思ったりもしたけれど、当事者になってみるとこんなにも良いものだったとは……。
照れ笑いしながらも、握った手を離さず歩く俺達に向けられる皆の視線は生暖かい。
だから俺も今、俺がやらなければならない目標に向けて邁進することを心に誓う!
そう……現時点での最大の目標……「脱・童貞」を果たすためにっ!
……元の世界への帰還もがんばるよ、うん。




