057:終わりのない戦場
兵を外側に、それ以外を内側に配置して密集陣形を組み、槍と盾を構える。襲いかかってくる者はそれでたいてい防ぎ止めることができる。そのようにしてわが一族は戦場で生き延びてきた。
戦場は見渡すかぎりに広がっていた。ありとあらゆる軍勢がひしめき、何百年ものあいだ昼も夜も休まずに争いつづけている。王国、帝国、共和国、自治都市、連邦、民族戦線、革命軍、レジスタンス、ゲリラ、自警団、傭兵団。何百種類もの旗印が血なまぐさい風になびく。剣と槍と斧と弓が一面に乱れ立ち、足元は死体がうずたかく積もってどこに地面があるかすらわからない。
「一人やられたぞ。補充をまわせ」
陣の一角で声があがる。内側にいたおれに誰かが槍と盾を渡してきた。
「ほれ、行け。死ぬなよ」
やれやれ。いつかこのときがくるのはわかっていたが、いざとなると気が重いものだ。槍ぶすまに穴があいているところへ歩いて行くと、帝国だか王国だかの兵隊が中に入り込もうとしていたので、槍でひと突きして仕留め、陣に加わった。左右の仲間が口々に声をかけてくる。
「お、新兵にしてはなかなかやるな」
「一人倒したからといって油断するなよ」
おれは「どうも」と答えた。おれの前任者の死体も、たったいまおれが殺した敵の死体も、あっというまに踏みにじられてどれがどれだかわからなくなった。
そしてそのまま槍ぶすまの一員として何年かを過ごした。
おれの左右の兵は何度か死んで入れ替わったが、おれはまだ生きていた。どうやらおれは腕っぷしと運が人よりも少し強かったらしい。
陣の外側では何と何が戦っているのかもわからない乱戦がはてしなく続き、陣の内側ではおれたち兵士以外の者たちが食事や武具の用意をしたり子供をつくって育てたりしていた。これらの者が外側から射こまれる矢に当たらないよう、槍と盾でふせぐのがおれたちの仕事だ。
「おい、そこのガキ。こっちに来るんじゃない、危ないぞ」
右どなりの兵士が大声を上げた。見れば、まだ物心もつかないような小さな男の子が一人、おれたちのすぐ後ろまでよちよち歩いてきていた。そのうしろにはあわてて子供を連れ戻しにくる母親の姿がある。一瞬振り返ったおれの目にその女の目鼻立ちが焼き付き、記憶の中の少女のおもかげと重なった。おれの幼なじみだった。いつのまにか母親になっていたのだ。
すみませんすみませんと謝りながら子供をかかえて去ってゆくのをおれは背中で聞き、目の前に突撃してきたどこかの宗教の狂信者を突き殺す。こいつらは何が楽しくて戦ってるんだろうといつも思うが、考えてみればおれも似たようなものだった。
おれたちは一度槍ぶすまの列に組み込まれてしまったら、死ぬまでそこをはずれることは許されない。所帯を持って子供をつくるどころか、眠ることやゆっくり休むことすらできないのだ。
また何年かがたった。おれは兵のなかで一番の古株になっていた。
一族は円陣を組んだまま戦場のまんなかで長年じっとしていたのだが、このごろじわじわと移動をはじめた。陣形を崩さずに、外側の兵と内側の者たちが歩みを合わせて進むのだ。もちろんそのあいだにも敵はひっきりなしに攻め寄せてくるし、もしも進む先に敵の本陣か拠点でもあれば激戦になり、兵の損耗が増えることは避けられない。
「おじさん、今日はどんな様子ですか」
おれのうしろに来てたずねたのは、あのときの男の子だ。いまではすっかり凛々しい若者になっている。
「いつもどおりだ。例のあれは見かけないな」
「そうですか」
現状維持に汲々とする長老どもを説得して一族を移動に踏み切らせたのは、この若者だった。それにはきわめて切実な理由がある。
一族の者は用事がないかぎり決して槍ぶすまの列に近寄らないが、この若者だけは違った。幼いころも今も当たりまえのようにおれたちのところにやってきて、外の戦場のようすをながめていく。そして何度かそれを目撃したのだ。とある帝国の保有する最強の戦力、この戦場における絶対の強者、象を。
騎兵であればさほど珍しいものではなく、槍ぶすまで防ぐこともできた。だが、象の突進を防ぐことは不可能だ。救いは数が少なくめったに見かけないことだが、それでもいつか突進する象の正面にたまたま位置してしまうことがあるかもしれない。象にはねとばされ踏みつぶされたあとで、陣を組みなおして再び守りを固めることができるとはとても考えられなかった。
だからそのようなことになるまえに、戦場のまわりの丘をこえて、外の世界へと抜け出すのだ。戦いのない土地で暮らすことは、一族が代々伝えてきた悲願でもある。
一族は何年もかけて丘をのぼっていった。兵は一人また一人と倒れ、あの若者も槍ぶすまに加わらなければならなくなった。
「おれはおまえには槍をとってほしくなかった。ずっと内側にいてほしかったな」
「いいんですよ。一族を動き出させたのはぼくです。だから、一族が進みつづけるためにぼくが力を尽くすのは当然でしょう。そんなことよりも、ほら、もうじき丘のいただきですよ」
おれの左どなりに配置された若者は、槍と盾をよどみなく操って敵の攻撃をさばきながら答えた。おれは若者にならって槍ぶすまのすきまから丘のいただきを望んだ。そして、見た。そこに居並んで槍をこちらに向けているのは、見たこともない漆黒の鎧に身をかためた、ひと目で凄腕とわかる兵士たち。
「なんだあれ。どこまでつづいてる」
若者のつぶやきを耳にして、おれは左右を見わたした。目路のかぎりに漆黒の鎧が槍を構えて連なっている。連中の一人がどなった。
「戦場をぬけだそうなどと考えるのはやめて、戻るがいい。この先は戦いのない土地。はるか昔にあらゆる戦いをこの地に封じ込めることで完成した、平和な世界だ。おまえたちの行ってよい場所ではない」
若者がかっとなって叫び返す。
「ふざけるな! われらに未来永劫ここで戦いつづけろというのか! そのような……うわああ?」
「すまない、許せ」
宙吊りにした若者に、おれはそう言った。槍の石突きに若者の襟首をひっかけ、盾を捨てて、両腕で空中に持ち上げたのだ。
「おまえは行ってくれ、あの丘の向こうへと!」
槍をぶんと振り、若者を投げ飛ばす。それと同時に漆黒の鎧の一人の突き出した槍がおれの腹を貫いた。若者が丘の後ろへと落ちてゆくのが見える。そしてそれにつづいて何人もの子供たちが。おれのすることを見ていた一族の兵たちが、大人は無理でも子供なら、と同じように投げ飛ばして漆黒の鎧の列を越えさせているのだ。
おれは串刺しにされたまま満足して目を閉じる。あの若者はきっと一族の新たな旅路を導いてくれるだろう。
今回イメージした曲は、『SDガンダム GGENERATION ZERO』(バンダイ、1998年)から、
オペレーションルームBGM(曲名不明、作曲者不明)です。




